最新記事

映画

『ルック・オブ・サイレンス』が迫る虐殺のメカニズム

Breaking the Silence

印刷

magcul09july010715b.jpg

過去と向き合う 殺人部隊の元司令官と対話するアディ(左) © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014.

 最大の課題は、いかにしてアディの安全を確保しつつ加害者に会わせるかだった。幸いオッペンハイマーは、『アクト・オブ・キリング』の撮影を通じて、加害者の中でもかなりの大物と親しいことで有名だった。同作を公にする前に撮影すればまだ安全だし、アディが面会を望む加害者たちの協力も得やすい。そして万が一、現場で相手が激昂しても、大物たちとの関係が「抑止力」になると考えた。

 眼鏡技師というアディの職業も幸いした。大半の加害者は高齢なので、無料の視力検査という名目で訪問し、素性を明かすかはアディの判断に委ねられた。

 一歩間違えれば命を狙われかねない相手に対し、アディは辛抱強く、だが率直に虐殺の過去を尋ね、罪の意識を目覚めさせようとする。加害者の反応はさまざまだ。いら立ち、怒り、逃避。誰も責任を認めようとはしない。

 上官の指示に従っただけだと開き直る殺人部隊の元司令官に向かって、アディは「私が会った殺人者は誰ひとり責任を感じていない」と静かに訴える。「あなたを責める気はない。ただ、あなたは倫理的責任から逃れようとしている」

 こうした対話の場面で、見る者の心を最も揺さぶるのは言葉ではない。強気な言動とは裏腹に、アディが犠牲者の遺族と知った途端に相手の目に広がる動揺。信頼する親類から虐殺に関わった事実を聞かされたアディの表情。言葉のない瞬間にこそ、説明のつかない感情や本人も気付かない内面が現れる。

 無言のシーンを最大限に生かすため、オッペンハイマーは小津安二郎の作品を参考にしたという。「小津は沈黙ですべてを物語る場面を作り出す達人だった。言葉は一言も発しないのに、すべてが伝わってくる」

インドネシアに変化の波

 そうした手法を通して見えてくる加害者は冷徹な悪人でなく、良心も弱さもある普通の人間だ。だからこそ観客は、何が彼らをこうさせたのかと自問する。

 その答えを見つけるのは簡単ではない。世界ではこれまで、人間を残虐行為に走らせる心理的メカニズムの研究が数多く行われてきた。最も有名なのは、60年代にアメリカで行われた「ミルグラム実験」だろう。

 2人組の被験者を別々の部屋に入れ、一方がテストで間違えたら罰として電気ショックを与えるよう命令する(間違うたびに電流は強くなる)。すると大多数の被験者は、パートナーが別の部屋で泣き叫ぶ声を聞いても、電流を流し続けたという。

今、あなたにオススメ

最新ニュース

ワールド

ペルー大統領、フジモリ氏に恩赦 健康悪化理由に

2017.12.25

ビジネス

前場の日経平均は小反落、クリスマス休暇で動意薄

2017.12.25

ビジネス

正午のドルは113円前半、参加者少なく動意に乏しい

2017.12.25

ビジネス

中国、来年のM2伸び率目標を過去最低水準に設定へ=現地紙

2017.12.25

新着

ここまで来た AI医療

癌の早期発見で、医療AIが専門医に勝てる理由

2018.11.14
中東

それでも「アラブの春」は終わっていない

2018.11.14
日中関係

安倍首相、日中「三原則」発言のくい違いと中国側が公表した発言記録

2018.11.14
ページトップへ

本誌紹介 最新号

2024.4.30号(4/23発売)

特集:世界が愛した日本アニメ30

2024.4.30号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

エンタメ 世界が日本アニメを愛する理由
代表作 世界を変えた日本アニメ30
解説 なぜ日本マンガが北米で空前の人気に?
追悼 「鳥山明ワールド」は永遠に
デジタル雑誌を購入
最新号の目次を見る
本誌紹介一覧へ

Recommended

MAGAZINE

特集:静かな戦争

2017-12・26号(12/19発売)

電磁パルス攻撃、音響兵器、細菌感染モスキート......。日常生活に入り込み壊滅的ダメージを与える見えない新兵器

  • 最新号の目次
  • 予約購読お申し込み
  • デジタル版

ニューストピックス

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム&ブログ
  • 最新ニュース