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All Things Greek: To Hellenic and Back

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 ヘルメスはいつまでも父ゼウスの言いなりで、(ヘルメスが望むように)ゼウスが死んだらどうなるだろうと思いを巡らす。一方、ゴッドリーの息子(名前はやはりアダム)は偉大な父の遺産と格闘する。物語は途中から語り手が誰かはっきりしなくなり、両者の悩みは1つに混ざり合う。最後には語り手がアダムなのかヘルメスなのか、あるいはどちらでもないのか、両方なのかが分からなくなる。

古典と21世紀の融合に成功

 古代ギリシャと21世紀の融合を目指した最近の芸術的取り組みのなかで、指折りの成功作がコンピューター科学者ザカリー・メイソンの小説『オデュッセイアの失われた本の数々』だ。

 この作品は新たに発見された『オデュッセイア』の44の異聞の翻訳という触れ込みだが、実際はオデュッセウスの伝説の旅に巧妙かつ意外なひねりを加えた短編小説集。古典が題材だが、紛れもなくアメリカ現代文化の産物だと感じさせる。ここまで独創的で楽しい2次創作小説は初めてだ。

 この作品では、日和見主義者のオデュッセウス自身が叙事詩の作者だったという「事実」が明かされる。おなじみのエピソードを斬新な角度から再構成した短編もある。巨人キュクロプスとオデュッセウスの出会いがキュクロプスの視点から語られたり、海の怪物スキュラとの闘いがあえて抑えたトーンで語られたり。こうしたひねりが神話に現代的な感性を加えている。

 メイソンは古い神話の楽しさや奇異さを再現するだけではなく、物語に込められた永遠の難問を読者に考えさせる。ホメロスの原作と違い、この小説の登場人物は美しくて強い人物ばかりではない。時には弱者や臆病者、あるいは社会ののけ者だったりする彼らの存在は、ホメロスが提示した運命の不公平さというテーマに対する新たな見方を提供する。

 メイソンは心の動きの不思議さにも迫っている。読者が最も引き付けられるのは、オデュッセウスと女神アテナの関係だ。アテナはずる賢くて不可解で横柄だが、オデュッセウスに愛情を注いでいる。

 アテナの登場場面は決して多くない。だが作品全体から、英雄と彼を最後まで見守る女神との一種のラブストーリーが読み取れる。

 この作品はギリシャ神話を魅力的に活用する一方で、完璧な現代性を備えている(つまり単なる原作の模倣にはなっていない)。こんな本に出合うと、ギリシャ文明に対する従来の解釈は間違っていたのではないかと思えてくる。

 古代ギリシャの文化は特定の芸術家が特定の場所で特定の時代に作った演劇や詩、陶器で構成されている──私たちはそう考えがちだ。しかし、メイソンは古代ギリシャという名の糸に美しいビーズを新たに加えてみせた。

ギリシャ神話の衝動は普遍的

 どうやらホメロスに代表される古代ギリシャの伝統は、まだ死んではいないようだ。ことによるとギリシャ文明の本質は地理的・年代的な区分ではなく、ある種の物語や登場人物を使って想像力豊かに世界を深く探究しようとする衝動にあるのかもしれない。

 近日公開の『タイタンの戦い』にここまでの深みを求めるのは高望みというものだ。3Dの大作映画では、ホメロス作品との出合いのような体験は味わえない。

 それでも、この映画は別の方法でギリシャの伝統に貢献できる。3D技術は、ギリシャ神話が3000年前から取り組んできた「想像力の限界に挑む」という試みに新たな突破口を与えてくれる。

 予告編を見ると、ゼウス役のリーアム・ニーソンは神々の王らしく威厳たっぷり。戦闘シーンはひどく凄惨で、メドゥーサの首が観客めがけて突進してくるシーンは背筋がぞっとする。今回は3D技術を使いこなしてギリシャ神話の精神を表現するのは難しかったかもしれないが、いずれ誰かがこの課題を解決するだろう。

 それが誰かは分からないが、もしかしたら今は財政難にあえいでいるギリシャの人々かもしれない。偉大な古典作品の魅力をフル活用しないのは、大儲けのチャンスをみすみす逃すようなものだ。

[2010年4月 7日号掲載]

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