最新記事

ソニー再生

復活の鍵はアマゾン型 「サービス製造業」

今は製品より体験を売る時代。アマゾン、アップル、IBMなど元気な変身企業に再生のヒントを探る

2012年8月8日(水)15時24分
ファラ・ワーナー(本誌外国語版編集ディレクター)

赤字覚悟 電子書籍リーダー「キンドル・ファイア」を手に持つアマゾンのベゾス Shannon Stapleton-Reuters

 製品を1台作るたびに5ドルの赤字を出す──。

 一見、まともなビジネス戦略とは思えないが、ある調査によるとアマゾン・ドットコムは電子書籍リーダー「キンドル」を1台売るたび、これぐらいの赤字を出している。客寄せのために赤字覚悟で廉価な特売品を出し、高額商品で損失を埋め合わせる手法は珍しくないが、赤字の事業に命運を賭ける企業はまずない。

 だがアマゾンは、この赤字をはるかに重要な事業のための投資と見なしている。狙いはキンドルを通じて同社のサービスを売り、そこからさらに多くの商品やサービスを売ることだ。

 今は「サービス製造業」の時代。製品そのものは最終目的ではない。消費者に提供する体験のきっかけにすぎないのだ。

 かつてソニーやアップルのようなメーカーの仕事は、工場から製品を出荷するところまでだった。だから優れた製品をデザインし、製造すれば十分だった。販売は小売業者任せで、音楽や映画といったコンテンツの提供も別の会社の仕事だった。

 だがサービス製造業の時代には、メーカーが小売業やコンテンツの提供者を兼ねる。10年ほど前、この変化への対応がアップルとソニーの命運を分けた。

 ソニーは何よりも最先端テクノロジー製品のメーカーであり続けた。一部では自前の店舗を展開し、レコード会社や映画制作会社も所有しているが、すべてを統合してそれ以上の何かを生み出そうとはしなかった。

 一方、アップルは自社のパソコンに始まり、iPodやiPhone、iPadのユーザー体験「全体」をコントロールする戦略にシフト。流通業者に頼るのをやめ、自前の店舗網を開設し、ユーザーと直接つながるiTunesを作り上げた。

ネスレも統合戦略で成功

「サービス製造業」のプロと呼べる企業はほかにもある。特に目立つのはアマゾン、IBM、ネスレだ。それぞれ業種は違うが、3社とも従来のやり方の限界が見えた時点でビジネスモデルの転換に踏み切り、その決断による恩恵を受けている。

 アマゾンの場合、主力のサービスは電子書籍やオーディオブックの販売と、雑誌や新聞のオンライン講読。IBMが提供するサービスはコンピューターの製造やソフトウエア開発ではなく、「研究員の頭脳」だ。ネスレは極上のコーヒー体験を消費者に売ろうとしている。

「サービス製造業」の時代には、生産性とコスト削減に徹底して取り組んできた企業も、大胆な思考と既存のビジネスの枠組みを超えた取り組みが求められる。
アマゾンはもともと電子書籍リーダーのメーカーではなかった。創業者のジェフ・ベゾスが明快に定義したように、同社のビジネスはあらゆる商品を売るデジタル小売業だ。

 消費者がどこよりも早く、簡単に商品を手に入れられるようにする──アマゾンがやるべきことはそれだけだった。現在、人々はおむつから高級ファッションブランドまで、あらゆるものをアマゾンで買う。

 キンドルはアマゾンが提供するサービスの入り口だ。アマゾンはキンドルを通じて消費者と直接つながり、さらに多くの製品やサービスを売る機会を得る。キンドルが提供する「閉鎖型ネットワーク」のおかげで、ユーザーを自社サービス内に囲い込めるというメリットもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インタビュー:「目にみえる」核抑止、米新政権と早期

ビジネス

街角景気7月は1.5ポイント上昇、プラス要因が円安

ビジネス

午後3時のドルは142円後半へ反発、米金利高で雇用

ワールド

ベトナム、台風11号関連の死者35人・24人不明 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 3
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 4
    メーガン妃が自身の国際的影響力について語る...「単…
  • 5
    ロシア国内の「黒海艦隊」基地を、ウクライナ「水上…
  • 6
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 9
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 10
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つ…
  • 5
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 8
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 9
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 10
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中