最新記事

アップル番記者の罪と罰

アップルの興亡

経営難、追放と復活、iMacとiPad
「最もクールな企業」誕生の秘密

2010.05.31

ニューストピックス

アップル番記者の罪と罰

スティーブ・ジョブズの病状隠しに加担した「ちょうちん持ち」は自覚せよ

2010年5月31日(月)12時05分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)は半年前から体調がかなり悪そうに見えた。しかし同社がジョブズの健康問題を認めて彼が半年間の休養に入ると発表したのは、今年1月14日のことだ。

 ジョブズの健康に関してアップルが投資家を欺いたという批判が出ている。アップルはなぜこれほど長い間ごまかし続けることができたのか。それは、悲しいかな、メディアがごまかしに加担してきたのである。

 メディアは単にこの件を報じなかっただけではない。誰だって他人の健康を詮索するのは嫌だし、できればやりたくない。だがメディアは今回、ネット上で沸き起こった議論をアップルが抑え込む手助けをした。

 私は14日にニュース専門局CNBCの討論番組に出演し、CNBCはアップルの擁護者を自任するシリコンバレー支局長を通じて事実の隠蔽に加担したと、指摘した。昨年12月にガジェット情報サイト「ギズモード」のブログが、年初恒例のイベント「マックワールド」にジョブズが欠席するのは「健康が急速に悪化している」からだと書いたとき、この支局長は必死に反論した。CNBCのニュースサイトには「ジョブズは(まだ)元気だ」という見出しが躍った。

 だがブログは正しく、CNBCはまちがっていた。番組の中で私は、支局長はギズモードと視聴者に謝罪すべきだと言った。このため私はCNBCのブラックリストに載ったはずで、二度と出演依頼は来ないだろう。

 この騒動で浮かび上がった重要な問題は、メディアがアップルをどう報じるかということだ。企業の広報担当者が嘘をつくことはあるが、彼らはそれで給料をもらっている。メディアが加担するかどうかは別の話だ。

 メディアにとってアップルは、いわば「企業版オバマ大統領」。まちがいを犯すはずがない会社だ。ちょうちん記事の多いIT業界関連の報道のなかでも、アップルへの配慮は突出している。記者たちはアップルの失敗を見逃すだけでなく、同社の代わりに謝罪や弁護も買って出る。記者会見で記者が拍手したり歓声を上げる光景を見たことがあるだろうか。アップルではいつものことだ。

 ジョブズは事実でないことを信じさせる「現実歪曲空間」として知られている。この半年間は過去最悪の歪曲だった。少しでも常識のある人なら、昨年6月の時点で彼が健康な53歳ではないとわかったはず。それでもアップル擁護者たちは、事実をねじ曲げてジョブズが健康だと言い張った。

 今回アップルがジョブズの体調悪化を認めたのは、彼が「ホルモンバランスの異常」を患っているというばかげたメッセージを出してからわずか9日後のこと。突然の方針転換でアップルは信用を落とすかとCNBCで聞かれた私は、そもそもアップルに信用などないと答えた。取材の電話に「ノーコメント」と答えることを「企業コミュニケーション」と考えるような会社だ。どんな質問をしても、意味のないセンテンスを繰り返すこともある。

悪魔の契約交わす「使えるバカ」

 アップルの企業文化の根幹には、CIA(米中央情報局)型の異常な秘密主義がある。同じプロジェクトに携わる開発チーム同士が互いに何をしているかを知らされない。アップルは偽情報を流したり、気に入らない人物を締め出したりするのもうまい。新興宗教が家電業界に進出したようなものだ。

 そんなアップルと「悪魔の契約」を交わす記者がいる。ジョブズに取材する特権と引き換えに、アップルを批判しないことに暗に同意する。最初は「ジョブズに独占取材!」と喜ぶが、やがて不利な契約だと気づく。

 こうした取材にはほとんど価値がない。お決まりの退屈なコメントを聞かされるだけだ。「秘密クラブ」の会員になるのは気分がいいが、実際には偽情報を流す手段として利用されている。アップルにとってその手の記者は「使えるバカ」にすぎない。アップルがジョブズの病気を認めたとき、広報部の「友人」たちは「ノーコメント」を決め込み、ごまかしの責任を手先のメディアに押しつけた。

 哀れなのは例のCNBCの支局長だ。彼のジョブズ独占インタビューはまるでゴマすり取材の研修ビデオだった。彼は今、アップルは無責任で嘆かわしいと激怒しているらしい。だがアップル社内の「友人」はすでに次の「使えるバカ」を探している。シリコンバレーのメディアに、カモはいくらでもいる。

[2009年2月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中