コラム

岸田首相夫人の単独訪米、その後に求めたい2つのこと

2023年04月19日(水)14時00分

ホワイトハウスでジル大統領夫人と桜の木を植樹した裕子夫人(4月17日) Leah Millis-REUTERS

<準公人として外交を担ったのだから、その成果を国民に説明する必要がある>

岸田文雄首相の裕子夫人が、アメリカのジル・バイデン大統領夫人の招待により、単独で訪米しました。首脳の配偶者は準公人であり、政治的な内容にも踏み込んで外交の一端を担うのは、少なくともG7参加国では共有されている考え方です。ですから、このような外交を否定するのは現実的ではないと思います。

例えばですが、日本が議長国となった前々回の洞爺湖サミット(2008年)では、首脳配偶者向けのプログラムとして「茶の接待」とか「イタリアンレストランでの昼食会」といった、社会貢献の意味合いが感じられないイベントが並べられたことがありました。そのため、まるで王侯貴族が浪費をしているようだと、各国メディアにより批判的な報道がされたことがあります。

そうした失敗事例と比較しますと、今回の岸田裕子氏の活動は、他でもない5月に予定されている広島サミットにおける配偶者外交の「下打ち合わせ」という実質的な内容があったと考えられます。

また、訪米中の行動についてはかなり精力的と言えるものでした。まず、バイデン大統領夫妻への表敬に続いて、ホワイトハウスにおける桜の記念植樹が行われました。また、黒人大学として伝統的に評価が高いハワード大学で、日本語を学習し日本に短期留学していた学生との懇談を行うとか、在米の学識経験者や経済人である日本人女性のグループと懇談するなど、内容的には意味のある滞在であったようです。

その一方で、日本の場合は社会的な地位の高い人物の「配偶者の役割」ということについて、社会的な合意はありません。ですから、よほど注意して振る舞わないと、配偶者の登場は公私混同だという批判が出てしまいます。まして、生涯未婚率が男女ともに上昇中の「ソロ社会」である以上は、配偶者外交というものに共感しない世論が、より厳しい目を向けてしまう可能性があります。

世論とのコミュニケーションを

一番良くないのは、そうした批判を避けるために、「招待を断る選択はない」とか「日米関係にはプラス」という「言い訳的な説明」をすることだと思います。また、対外的には「いかにも日本も配偶者外交を丁寧にやっている」という姿勢を見せつつ、国内的には、理解されることの難しい配偶者外交をあまり大きくアピールしないという「裏表の使い分け」の姿勢を取る、これは感心しません。そうした姿勢は、内外から不信感を買うこととなり、まわりまわって政権を脆弱化させるからです。

それではどうしたら良いのか。2点提言したいと思います。

1つは、帰国後に岸田裕子氏は正式な記者会見に臨んで、訪米の成果について国民に直接語りかけることです。このプロセスを省略したのでは、準公人による正式な外交活動とは言えないと思います。その際には、各メディアは芸能人の会見のように、形式的な質問に終始したりすることなく、政治部の記者などがしっかり国民の知りたいことを尋ね、本人もこれに丁寧に答えることが必要です。

2つ目は、その会見において、今回の訪米の主目的と思われる広島サミットにおける配偶者外交の構想について、ジル・バイデン夫人とどのような打ち合わせがされたのかを、キチンと説明するということです。洞爺湖の失敗を繰り返してはいけないということもありますが、例えばウクライナのゼレンスカ大統領夫人を交えた(リモート参加の可能性も含めての)イベントなど、政治的に大きな意味を持つ計画があるのかもしれません。

また、化石燃料への依存を止められない日本が、議長国として環境論議について責任を果たすため、配偶者外交の部分で強めに環境問題を打ち出すというシナリオも検討されているかもしれません。いずれにしても、G7へ向けて、ジル・バイデン夫人と事前にどのような調整がされたのか、世論に対して説明しておくことが必要と思われます。

この2つを岸田裕子氏が帰国後に行い、自国の世論との円滑なコミュニケーションという手続きを踏むことは大切です。その上でG7にも、そこでの配偶者外交にも成功できれば、以降の首脳外交、配偶者外交への良い事例とすることができると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

チリ大統領選、来月14日に決選投票 極右候補が優勢

ビジネス

アクティビストのスターボード、米ファイザーの全保有

ワールド

米NY州知事、法人税引き上げ検討 予算不足に備え=

ビジネス

午前の日経平均は続落、見極めムード 中国関連は大幅
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story