コラム

「限定正社員」構想の議論、欧米では一般的だというのは大ウソ

2013年06月04日(火)15時50分

 職務内容に専門性があり、勤務地が決まっていて転勤がなく、勤務時間が限定されていて残業がない一方で、正社員と同様に福利厚生が受けられる「限定正社員構想」というのが検討されているようです。「正社員」ですから、雇用期間には定めがない、つまり終身雇用契約ではあるのですが、これまでの正社員と比べると解雇がしやすいという制度にしようというのです。

 この「限定正社員構想」ですが、流通業などで80年代から存在していた「地域限定正社員」とか、あるいは男女雇用均等法が施行された際に女性を「管理職候補にしたくない」と考えた企業が、女性を中心に採用した「一般職」という制度に似ています。

 この制度については「ジョブ型正社員」などという言い方で「欧米では一般的」だというのですが、いわゆる「非管理職=ノンエグゼンプト」のイメージが重ねられているようです。賃金水準は低いが、ワークライフバランスはあるというのが触れ込みです。

 ですが、ここに1つの大きなウソがあります。アメリカを例にとって言えば、フルタイムの雇用には2種類あって、「残業手当のつく(残業手当適用除外でない)ノンエグゼンプト」という一般職と、「残業手当のつかないエグゼンプト」つまり管理職や専門職があるのは事実です。

 また「制度上残業手当のつく一般職(ノンエグゼンプト)」は基本的に「9時から5時」の仕事である一方で、「制度上残業手当のつかないエグゼンプトの管理職・専門職」は成果主義ですから、基本的によく働きます。会社から支給されたデバイスで24時間メールとSNSで「つながって」いなくてはならないのは、この人達です。

 ですが、解雇に関しては「管理職や専門職は簡単に解雇される」一方で「一般職の雇用は組合や雇用契約で守られている」のです。勿論、一般職も事業所の閉鎖などの場合は、現状の日本の法制よりは解雇される可能性は高いと思います。ですが、高給な管理職や専門職よりも、一般職が「簡単に切られる」とか「景気変動や人材流動化の対象」になるなどということは「ない」のです。

 何故なのでしょう? 2つ理由があります。

 1つは、企業の立場からは「高給の管理職・専門職」をリストラした方が効果があるからです。解雇というのは、トラブルを回避しながら行わねばならず手間のかかる行為ですが、高給の人材から入れ替えたほうが同じ手間でもコスト削減効果が大きいからです。

 もう1つは、その方が「社会として筋が通る」からです。高給の管理職や専門職は、それなりに貯蓄も信用力もあるので解雇に「耐え得る」でしょう。また、何よりもより広い労働市場の中で新たな職を見つけることができるわけです。更に言えば、成果主義が徹底している中で、パフォーマンスが悪ければ最悪解雇されるというのは自他共に納得感はあるわけです。

 とにかく「管理職や専門職より低位の正社員」の方が「より解雇されやすい」などという制度は欧米にはありません。アメリカには少なくともないし、EUの場合は更に雇用を守る法制になっていると思います。この点で「解雇しやすい限定正社員制度」なるものが「欧米では一般的」などというのは大ウソです。

 では、自民党と財界はどうしてこんな「大ウソ」をついてまで、「限定正社員」という制度を導入しようとしているのでしょう? それは、現在の「日本型年功序列制」による「総合職正社員」を温存したいからです。「管理職昇進の可能性」を人質に取ることで「職種を限定せず、勤務地を限定せず、労働時間も限定しない」という過大な負荷をかけつつ、その会社のネバネバとした組織体質における「社内政治」のゲームに参加させるシステムを変えたくないのです。

 問題は、むしろそこにあると言ってもいいと思います。このシステムが、金融やエレクトロニクスにおける経営の革新と、変革のスピードアップを阻害している一方で、上級管理職や高度専門職の柔軟な労働市場の拡大を邪魔しているのです。

 その一方で、この「総合職正社員」を成立させている要因はどんどん崩れています。余力のなくなった企業は「社内での人材育成」が難しくなったり、大学は大学で「もっと職業に直結した教育を」という改革を志向しているわけで、90年代までの「基礎能力と人柄だけで新人を取ってジェネラリストに育成」という方法はどんどん成立しなくなっているのです。

 そうした観点から見ても、労働市場の柔軟化というのは、上級の管理職・専門職から先行して進めるべきだし、そのような優秀な人材こそ、企業の内部で「その会社にしか通用しない」育て方をするのではなく、専門の大学院やMBA、あるいは国境を越えた転職などを通じて育っていくようにすべきです。

 そのような「当然の流れ」を無視して、まず初級職でしかも「ワークライフバランスを切実に求めている層」から先に雇用を流動化する、解雇の規制を緩和するというのは話が逆だと思います。少なくとも、「欧米では一般的」などというのは真っ赤なウソです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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