コラム

国債が下落しても誰も困らない理由

2017年05月11日(木)06時50分

日本で国債下落危機論が強い理由

このように、民間金融機関が国債保有から得られる収益は、基本的には景気変動を自動的に安定化させる方向に変動する。景気拡大期に「国債金利が上昇して国債価格が下落し、経営が困難になった」といったような金融機関が仮にあったとしても、それはきわめて局所的な事象にすぎない。にもかかわらず、この種の国債下落金融危機論は、市場関係者の一部を中心に、国内できわめて根強い。その理由はおそらく、日本経済が経験した未曾有の長期デフレ不況にある。

バブルが崩壊した1990年代以降、日本経済は恒常的な低成長と物価下落を経験した。その間に、日本の長期国債等の利回りは、多少の変動を伴いつつも、趨勢的に下落し続けた。それは、日本の民間金融機関が、国債保有からキャピタル・ゲインを獲得し続けてきたことを意味する。その収益は、不良債権に苦しむ民間金融機関にとっての支えとはなったが、それらを苦境から完全に救い出すほどのものではなかった。そのことは、その間に多くの金融機関が破綻を余儀なくされたことからも明らかである。

この不良債権問題は、2000年代前半にはほぼ解消された。しかし、マクロ経済における物価と金利の趨勢的低下は、その後も続いた。その結果、民間金融機関にとっては、国債運用は確実な収益であり続けた。民間金融機関の多くが、国債運用への依存度を高め、債券業務への傾斜を強めていったのは、そのことを示している。

つまり、日本の民間金融機関は、長期デフレ不況が続いた「日本の失われた20年」の間に、デフレ経済に過剰適応してしまったのである。このように、国債運用が主要な収益源であるという状況に民間金融機関が馴れきってしまえば、インフレと金利上昇が忌避されがちになるのも当然である。日本国内における国債下落金融危機論の根強さは、おそらくその一つの現れである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ソマリランドを初の独立国家として正式承

ワールド

ベネズエラ、大統領選の抗議活動後に拘束の99人釈放

ワールド

ゼレンスキー氏、和平案巡り国民投票実施の用意 ロシ

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story