コラム

愛国化する世界──蓮舫氏の二重国籍とフランスの「国籍と名前」論争

2016年09月15日(木)16時14分

 残念なのは国籍とアイデンティティーをめぐる蓮舫氏の発言が二転三転し、その場しのぎにしか聞こえなかったことだ。国民主権、基本的人権の尊重といった憲法の基本原則に基づいて定められた国籍法や公選法は、「排除」の論理ではなく、ほんの少しだけれど「包摂」の窓を開いている。09年時点の日本の総人口1億2751万人のうち外国人登録者数は218万6121人(全体の1.7%)。単純に差し引きすると日本国籍者は1億2532万人。重国籍者が58万人なら日本国籍者のわずか0.46%である。

 蓮舫氏が真の政治家なら0.46%に過ぎない日本人の多様性の風通しを良くしたいと、台湾と日本にまたがる自分のアイデンティティーを肯定的に主張できたはずだ。「二重国籍」は国内的には憲法の基本原則に基づき「包摂」という観点から論じられるべき問題だ。しかし対外的には外交・安全保障上、他国に付け込まれる恐れが完全には否定できない。蓮舫氏の「台湾籍から離脱している」という最初の説明が本当なら何の問題もなかったが、保守系メディアに見事に搦めとられてしまった。蓮舫氏のいい加減な対応が日本人の要件を一段と厳格に規定する結果をもたらすとしたら、彼女自身の「二重国籍」問題より、そちらの方が影響は深刻だ。

フランス名でなければフランス人にあらず

 日本だけでなく、今、世界中が愛国化している。フランス革命後、「自由、平等、友愛」という普遍的な価値と「開かれたナショナリズム」を打ち立てたフランスで、こんな論争が起きている。移民を「人口学的な津波」と表現するなど度々、物議をかもしてきたフランスの作家エリック・ゼムール氏(58)が「フランス国籍者の名前はフランスの聖人カレンダーの中から選ぶという法律を復活させるべきだ」と主張した。

 極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首をも「十分に右ではない」と批判するゼムール氏が標的にしたのはサルコジ大統領時代に司法相を務めたラシダ・ダディ女史(51)だ。09年1月に第1子の女児を出産したが、父親が誰かは明らかにされていない。TVで「インフラチォン(インフレのフランス語)」を「フェラチォン」と言い間違えて話題をまくなど、その言動は十分にフランス的過ぎると思うのだが、ゼムール氏の目にはそうは映らない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国中古住宅価格、4月は前月比0.7%下落 売り出

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story