コラム

プリゴジン「謀殺」はロシアの未来にどう影響するのか?

2023年09月05日(火)17時10分

プリゴジン(左)は「プーチンの料理番」から成り上がった(2011年)

<プーチンにしてみれば、便利に使ってきた無法者が付け上がったから消しただけのこと>

今年1月の記事でプリゴジン謀殺を予測したが、そのとおりになった。強欲と悪意を凝集したような特異な容貌で、世界の耳目を集めた男だった。ロシアの闇の世界に慣れていない日本や西側の人々は、彼の暗殺に政争あるいは軍分裂の可能性を期待してあれこれと論ずる。だがプーチンにしてみれば、便利に使ってきた無法者が付け上がったから消しただけのこと。ロシアの大衆も、プリゴジンが何かをくれるとは思っていなかったから彼のことはすぐ忘れる。

なぜこう考えるのか説明しよう。「プリゴジン」はロシア語で「追従男」を意味するのだが、文字どおり要路におもねってはい上がる、ワルのタイプだった。1990年代のソ連崩壊直後、何でもありの混乱の中、サンクトペテルブルクのケータリング業で身を起こした時、市庁で経済を担当していたプーチンと知り合ったのだろう。その後、クレムリンでのケータリングも請け負うようになり、2010年代初期にはセルジュコフ国防相(当時)の軍改革に乗じて、軍全体の糧食の配給契約にありついた。

彼はこのビジネスモデルを傭兵業に広げる。14年のクリミア占領の勢いを駆って、ロシア軍はウクライナ東部に侵入したが、プリゴジンの「ワグネル」社の名は、ここで初めて聞かれるようになる。

17年頃、ワグネル社はシリアに赴く。15年以来シリアに駐留してアサド政権を守るロシア軍を助けるという触れ込みだが、その実カネをせしめるのが目的だ。国防省はもうこの頃から(ロシア軍の指揮に従わない上、国防予算に食い込む)ワグネルを敵視し、傭兵企業を合法化する動きもつぶしてしまう。案の定、シリアのワグネルは18年2月、独断で付近の油田を夜襲し、その利権を手に入れようとして、そこを守る米軍特殊部隊に殲滅されてしまう。

不要の域を超え、危険な存在に

この米ロ衝突一歩手前の失態で、ワグネルは数年間アフリカなどに追いやられるのだが、昨年からのウクライナ戦争はワグネルの好機となった。戦争初期に敗退し、国内での動員に大きな抵抗を受けたロシアは、ワグネルをウクライナ東部に投入したのだ。

軍本体が後方に退くなか、ワグネルは自分たちだけが国家のために戦っている構図をつくり出す。要衝でもないバフムートの攻略に乗り出し、SNSで騒ぎ立てては資金と兵器をロシア軍からむしり取った。抵抗するショイグ国防相とゲラシモフ総参謀長は「無能で腐敗した幹部」だとプリゴジンに罵られ、国民もその点は大喝采したが。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

26年の最大のテールリスクはAI巡るサプライズ、ヘ

ワールド

インドネシアとの貿易協定、崩壊の危機と米高官 「約

ビジネス

米エクソン、30年までに250億ドル増益目標 50

ワールド

アフリカとの貿易イニシアチブ、南アは「異なる扱い」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story