コラム

「予知夢」が当たったと思うのは......脳のメカニズムの副作用

2021年12月14日(火)18時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<2011年の東日本大震災を予言していたと話題になり、絶版のため中古市場で10万円以上の値が付いていた「夢日記」漫画の復刻版が40万部の大ヒット......「予知夢」が当たったと思うのは、人々が膨大なハズレを無視するからだ>

今回のダメ本

ishido-web211214-02.jpg私が見た未来 完全版
たつき諒[著]
飛鳥新社
(2021年10月8日)

人々が不安を強く抱く社会には、必ずといっていいくらい悲観的な未来予測本が流行する。本書もその1つといっていいだろう。触れ込みにあるとおり「東日本大震災を予言した」漫画の改訂版だ。今回、出版された完全版も収録作品は旧版と大きくは変わらない。最大の特徴は新しい予言(?)として、2025年7月に大きな災害が起きるとされていること。そして、著者自身の解題が入ったことだ。

東日本大震災予言の根拠は表紙に「2011年3月」と書いてあったこと、さらに作者自身が津波の予知夢を漫画に書いていることだったのだが......。完全版を読んでみて衝撃を受けたのは、作者自身が震災と予知夢の関係を真正面から否定していることだった。いわく漫画の中で描いた夢は半袖の夏服姿だったが、東日本大震災は肌寒い3月であり、夢で見た津波の高さはもっと巨大だったという。確かに漫画本編の中で津波による災害は描かれているが、それが2011年3月11日に起きるとは一言も書かれていないし、ましてや東北で起きるとも書いていない。東日本大震災を予言した漫画というのは、人々の勝手な読み込みだったのだ。

著者自身がオカルトに引かれやすいタイプだと分かったのも収穫の1つだったが、確信を深めたのは読者にも似たような傾向があることだ。こうした事象は占いに近いものかもしれない。占いは当たる。なぜか。

心理学者である村上幸史氏の知見によれば、理由は大きく2つに分けられる。第1に、人間には「偶然の一致」を自分が思っている以上に過大に評価する傾向にある。第2に、後から考えてみれば当たっていると思える文言が多用される。誰にでも当てはまる抽象的な文言が用いられることで、これが当てはまっているのではないかと人は勝手に判断してしまう。占いも膨大なハズレがあるにもかかわらず、当たった記憶だけが残ってしまう。本書もそれと同じだ。人々は勝手に事実を漫画に当てはめている。

人間の脳には限られた情報から素早く結論を引き出すメカニズムが備わっている。そもそも「予知夢」という現象も、その副作用の1つだ。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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