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アングル:戦死・国外流出・出生数減、ウクライナ復興に人口危機の壁

2025年12月08日(月)18時09分

ウクライナ各地の病院に絶えず負傷者が押し寄せる一方で、西部の町ホシュチャの産科病棟は異様なほどに閑散としている。写真は戦死したウクライナ兵の写真を眺める女性。ホシュチャで10月撮影(2025年 ロイター/Thomas Peter)

Max Hunder

[ホシュチャ(ウクライナ) 4日 ロイター] - ウクライナ各地の病院に絶えず負傷者が押し寄せる一方で、西部の町ホシュチャの産科病棟は異様なほどに閑散としている。

地元当局によると、同地での出生数では今年これまでにわずか139件だった。2024年の164件から減少し、毎年400人以上の赤ちゃんが生まれていた10年以上前の状況とは大幅に異なる。

「多くの若い男性が亡くなった」と産婦人科のイエベン・ヘッケル医師は診察室で嘆いた。「率直に言えば、彼らはウクライナの子孫繫栄に貢献するはずだった若い世代だ」

ウクライナでは人口の急減に見舞われる中、当局は厳しい課題に直面している──戦争終結後に、誰が立て直しを担うのか、という点だ。

ロシア軍との約4年にわたる戦争で数十万人が死傷したうえ、数百万人が国を去り、出生数も減少している。

こうした危機は、前線から数百キロ離れた人口約5000人の小さな町、ホシュチャにも及んでいる。

近くのサドベ村では、かつて200人以上の生徒が通っていた学校が閉鎖された。

「2年前、私たちはこの学校を閉鎖せざるを得なかった。残っていた子どもはわずか9人だったからだ」と、ホシュチャ町議会のミコラ・パンチュク議長はロイターに語った。

<復興には「数百万人を要する」>

ウクライナ国立学士院の人口学研究所によると、同国の人口は22年2月の全面侵攻前には4200万人だったが、ロシアの占領下に置かれている地域で暮らす数百万人を含めても既に3600万人を下回っている。

さらに、51年には2500万人まで減少すると予測されている。人口減少は加速の一途をたどっている。

米中央情報局(CIA)の「ザ・ワールド・ファクトブック」は24年、ウクライナが世界で最も死亡率が高く、出生率が低い国だと指摘した。単純計算では、出生1人当たり3人が死んでいることになるという。

ウクライナ政府の推計によると、同国の平均寿命は男性では戦前の65.2歳から24年には57.3歳まで低下。女性は74.4歳から70.9歳に下がった。

専門家や政治家らは、戦後のウクライナでは経済の再建に数百万人の人材が必要になるとみている。それに加え、多くの国民が恐れるように、ロシアが再び攻撃してきた場合に自国を守るためにも不可欠だ。

ウクライナ政府は24年、「2040年までの人口戦略」を策定し、人口危機に対処していく姿勢を示した。国内では今後10年間で450万人の労働者不足に直面すると警告。とりわけ建設、テクノロジー、行政サービスなどでは深刻な人手不足に見舞われるだろうと指摘した。

戦略の柱は、さらなる国外退避を食い止め、住宅やインフラの改善、教育水準の向上を通じて、国民を呼び戻すことだ。労働力不足が続く場合は外国人移民の受け入れも視野に入れている。

当局はこれらの施策により、40年までに人口を3400万人まで回復させることができると見積もっている。ただ、現在の減少ペースが続けば、それまでに2900万人まで落ち込む恐れがあるとも警鐘を鳴らしている。

<戦没者の顔>

ロイターは10月、ホシュチャの町庁舎を訪れた。建物の外には、戦死した兵士の顔写真がずらりと並んでいた。

冷たい秋の朝、ある写真の前で1人の老婦人が涙を拭いながら花を手向けていた。この大通りを行き交うのは、中高年世代がほとんどだ。

町議会のパンチュク氏によると22年以降、約2万4000人が暮らすホシュチャとその周辺地区では141人が戦死したという。14年以降に東部で発生した親ロ派武装勢力との戦闘による死者も11人いた。

ホシュチャに残る2校のうちの1校で校長を務めるマリアンナ・クリパ氏は、1年生の生徒数が減少していると話す。また、卒業生の約1割がウクライナを去っており、多くは男子生徒だと述べた。

「親たちは、子どもが18歳になる前に国外に連れ出す」とクリパ氏は言う。戦時下のウクライナでは、18歳以上の男性の多くが出国を禁じられていたが、8月にゼレンスキー大統領がその年齢を22歳に引き上げた。

2001年時点では4800万人を超えていたウクライナの人口は、戦争開始以前から減少を続けていた。経済的苦境や根深い汚職から逃れるため、数百万人が西欧へと流出している。

こうした流れはロシアの侵攻開始によって加速。さらに数百万人が国外避難を余儀なくされた。

シンクタンク「経済戦略センター」は3月、侵攻以降にウクライナを去ったウクライナ国民のうち、約520万人が今も国外に残っていると発表した。主な渡航先は欧州で、ロシア、ドイツ、ポーランドが含まれる。

同センターは、このうち170万ー270万人がウクライナには戻らないと推測した。戦争終結後にはさらに、現在出国が認められていない数十万人の成人男性もこの流れに加わる可能性があるとみている。

ウクライナ国立学士院、人口学研究所のオレクサンドル・グラドゥン副所長は22年以降、避難民の比率が若い女性に偏っていることを指摘し、これが人口危機を一層悪化させる要因になっていると述べた。

独立機関の予測は事態の深刻さを裏付けている。国連による24年の発表では、ウクライナの人口は2100年までに900万ー2300万人に減少すると予想されている。

<空っぽの村、廃墟と化す家屋>

ホシュチャ病院の産科病棟は23年に政府からの補助金を失った。年間170人という出生数目標を達成できなかったためだ。「169人だった。あと1人は15分遅れで生まれ、目標に届かなかった」とパンチュク氏は語った。

この病棟は今、町議会が捻出した予算で運営されている。

終結を見通せない戦況は、家庭を持つかどうかという選択自体にもブレーキをかけている。

産科病棟の責任者、インナ・アントニウク氏によると、ここで出産を希望する女性の約3分の1は夫が軍に所属し、一部は戦死したり行方不明になっているという。

東部と南部の前線は、ロシア軍が徐々に前進を続ける中でゆっくりと移動しつつある。ロシア軍はウクライナ全土でミサイルや無人機(ドローン)による攻撃を強化し、民間施設やエネルギー関連施設、軍事インフラに広範な被害をもたらしている。

パンチュク氏によれば、ホシュチャの人口自体は目立って減少しているわけではないという。理由の1つとして、学校や診療所などが閉鎖された周囲の村から人々が移住してきていることを挙げた。

ホシュチャから10キロ弱離れたドゥリビ村へと向かう道沿いでは、何軒もの家屋が廃墟と化していた。

地元住民のオクサナ・フォルマンチュクさんは、村に残った住民は200人に満たないが、それでも9人の男性が徴兵されたと話した。

フォルマンチュクさんの夫もその1人で、7月から行方不明になっている。成人した息子2人も徴兵されるのではないかと恐れていると明かした。

「もし息子たちも連れて行かれてしまったら、私はどうすればいいのか」

<「安定がない」>

アナスタシア・ユシュチュクさん(21)は、ホシュチャの大通りに止めたワゴン車でコーヒーを売っていた。いつかは家庭を持ちたいと思っているものの、少なくとも2ー3年のうちにはありえないと語った。

「安定がない、(家庭を)築く土台がないのだ」

家賃や生活費の高騰など以前から存在していた経済的負担が、戦争によって悪化しているとユシュチュクさんは言う。

「今、若い世代が家を買うのはとても難しいことだ。私もパートナーも、経済的に安定していなければならない。国の状況は1ー2カ月で変わっていく。人生計画を立てられない」

ホシュチャ町議会のアナスタシア・タベコワ副議長の夫も従軍中だ。

「妊娠がわかって数日後に夫が動員された。出産に立ち会うために短い休暇をもらえたが、彼は目に涙を浮かべながら戦場に戻っていった」

子どもは将来への希望を与えてくれる、とタベコワ氏は言う。

「夫が前線で戦っている、多くの女性を知っている。不幸にも夫を亡くした女性たちもいる」

「子どもは喜びの瞬間であり、諦めないでいようと思える理由だ」

ロイター
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