ニュース速報
ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と希望得たシリア商人

2025年01月19日(日)08時02分

 シリアの首都ダマスカスの中心部、大理石の床材を使った明るい店に置かれたデスクの向こうで、サイードさん(23)が封筒の束を見せてくれた。写真は、ダマスカスの旧市街の市場の様子。2024年12月、ダマスカスで撮影(2025年 ロイター/Amr Abdallah Dalsh)

Nazih Osseiran

[ダマスカス 10日 トムソン・ロイター財団] - シリアの首都ダマスカスの中心部、大理石の床材を使った明るい店に置かれたデスクの向こうで、サイードさん(23)が封筒の束を見せてくれた。アサド政権の政府関係者が顔を出すたびに、この封筒に現金を詰め込んで渡したという。

アサド前政権が倒れた今、サイードさんは二度とこの封筒を使わずに済むことを祈っている。

サイードさんの調理器具販売店では、賄賂のために月約40ドル(約6300円)を費やしていたという。13年以上も続く紛争を経て、シリアの総人口の約4分の1が極度の貧困のもとで暮らしていることを思えば、とても大きな金額だ。

「まるで財務省が店の共同オーナーのように振る舞っていた」とサイードさん。名前を明かすのはファーストネームだけにしたいと希望する。「役人が店に入って声をかけてきたら、必ず封筒を渡していた」

営業を続けるための許認可を得るにも金が必要だったという。企業経営者やアナリストによれば、賄賂はアサド前大統領の取り巻きたちの懐を潤すために使われた。

昨年12月初めにアサド前大統領を追放したのは、国際テロ組織アルカイダ系の団体が前身のシャーム解放機構だ。彼らが樹立した暫定政府は、今後は自由市場モデルを採用し、シリアのグローバル経済への統合を進めていく方針を示している。

アサド前政権は対外貿易を厳格に統制していた。商社が輸入を行うには、許可を得たうえで、決済に用いるドルを入手するために中央銀行にシリア・ポンドを預託しなければならないという回りくどい制度を採用していた。

サイードさんは、国が設定した基準よりも高い金額で商品を販売しなければ商売が成り立たないため、たえず法律を破らざるをえなかったと言う。

頭上に吊り下げられている銅製の鍋を指差し、「政府はこれを30万シリアポンド(23ドル)で売れと命令してきた。でも、仕入れ値は35万シリア・ポンドだ」とサイードさん。

アサド前政権の崩壊から数日のうちに、シリア・ポンドの対ドルレートは少なくとも20%上昇した。隣国のレバノンやヨルダンからシリア人が流入し、為替レートの統制が行われなくなったためだ。

シリア人エコノミストのサミール・アイタ氏は、中小企業はシリアの未来に大きな希望を抱いていると話す。「新政権は中小企業に安心感を与え、経済活動の発展を促している」

<「神の怒りを受けし者」>

こうした状況は、「ドル」という言葉を口にしただけで投獄されたアサド政権下のシリアとは雲泥の差だ。

商店経営のアイマン・ワドーさん(41)が最新のドル相場を知りたいと思ったら、以前なら、友人に電話して「緑色の服を着た男がこちらに向かっている」と告げていた。

ワドーさんは「その男にいくら渡せばいいと思う」と尋ねる。返ってくる答えが、シリア・ポンドの最新の対ドルレートだった。

シリア人はドルを意味する隠語を山のように生み出した。「ペパーミント」や、コーラン冒頭の章句にちなんで「(神の)怒りを受けし者」という呼び名もあった。

サイードさんの店からさほど離れていない、照明の暗い品揃えも手薄な小さな店で、ワドーさんは「食事をして賄賂を払うだけの人生を送ってきた」と語る。

売上の約3分の1は、毎月店にやってくる4人前後の政府の役人への賄賂に消えたという。ワドーさんによればそれは「ゆすり同然」で、日々、役人たちが今にも現れるのではないかという恐怖にとらわれていたという。

「(米国メーカーの)お菓子のチョコレートバーを売った容疑で投獄されるのではないかとも恐れていた」。ワドーさんはかつて、当局者に告発されたことがある。アサド政権に抵抗する反体制派を支援する隣国トルコから輸入されたお菓子を販売していたから、という理由だ。

「まるで自分が違法薬物の売人になったような気分だ」

<「まるでマフィア」>

キリスト教徒が多く住むバブ・トゥーマ住区で暮らすアドナンさんは、夢の実現に挑戦するつもりだと語る。自身の衣料品店に座り、埃っぽい道路を見渡す窓から差し込む黄色い明かりに照らされながら、トムソン・ロイター財団の取材に応じ、「私は28歳になるが、自分自身のために働いているという気持ちになれるのは、人生でこれが初めてだ」と語った。

かつては小規模な携帯電話の販売店を持っていたが、支配階級の後押しを受けた企業が2018年に携帯電話市場を独占したため、アドナンさんは店を畳んだ。

「仕入れ先がその企業に限定されてしまい、利益は1ドルか2ドルしかなかった」とアドナンさん。

密輸入した携帯電話を仕入れることもできたが、リスクが大きすぎ、多くの友人がそうした行為を理由に収監されたという。

前出のエコノミスト、アイタ氏は「シリアは縁故資本主義になっていた。アサド前大統領の親族や友人が携帯電話や不動産を扱う民間企業を設立し、国民から直接、家賃や料金を吸い上げていた」と語る。

アドナンさんは、店の売上の25%は賄賂や政府に納める料金に消えていたと試算する。

「政府はまるでマフィアだった。『マフィアの一員になるか、さもなければ金を払え』というのが原則で、私たちは彼らと共生していた」

アドナンさんは今、トルコや中国を訪れて、衣料品を輸入したいと夢見ている。これからは平等な競争環境で生きることができる、とアドナンさんは言う。

「かつては、私たちが弱者で、政権側の人間だけが強者だった。今は皆が対等だ」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相、中国首相と会話の機会なし G20サミット

ワールド

米の和平案、ウィットコフ氏とクシュナー氏がロ特使と

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中