コラム

犬猫マイクロチップ装着の3つの利点 他の動物、人間の埋め込み状況は?

2022年06月07日(火)11時25分

装着の第二の利点は、マイクロチップを読み取ると飼い主の登録情報が明らかになるので、飼育放棄の抑止効果があることです。ただし、住居移転で連絡が取れなくなったり連絡しても無視する飼い主がいたり、飼い主の変更が登録されていなかったりする場合もあり、万全とは言えません。マイクロチップに頼りすぎず、「最後まで飼う」という飼い主の責任に関する啓蒙活動や、遺棄に対する罰則規定を充実させることも必要でしょう。

第三の利点は、千葉県木更津市で5月に発生した「ドーベルマンの盗難事件」のような場合、見つかった時に「自分が飼い主だ」と証明できることです。とくに純血種の犬や猫は、盗難にあったり、逃げ出した場合に保護した人が連絡せずにそのまま飼ったりするケースがあります。これまでは、本当の飼い主が盗難された犬や猫を見つけても、盗難者に「自分の犬(猫)だ」と言い張られると反論することは難しかったのですが、マイクロチップを装着していれば証拠を突き付けることができます。

より簡便で確実な個体識別を目指して

動物への電子標識の装着は、伴侶動物に対してばかりではありません。

乳牛では個体識別のために、番号やバーコード方式の耳標とともに、1980年代から札型、ボタン型の耳標や、飲み込み式など様々な形態で電子標識器具が使われてきました。1996年には、動物全般の個体識別に関するISO規格が制定されます。

その後、2001年に牛海綿状脳症(BSE)が発生し、対策としてトレーサビリティ(個体の追跡可能性)が重視されるようになります。バーコード方式は安価なものの、牛に近づいて一頭ずつ読み取る必要があります。電子標識器具を使えば、比較的離れたところからでも読み取れて、通路上などに読み取り機を取り付けて自動化できるため、さらに注目を浴びるようになります。

競走馬に対するマイクロチップ装着も、1990年代に西欧から広まりました。レース前の個体識別を、より簡単かつ確実にするためです。

マイクロチップが普及する前までは、馬の個体識別は獣医師が馬の特徴を描いた図を見ながら、毛色、白斑(顔や肢の白い部分)、旋毛(つむじ)を詳細に確認していました。競馬場でレースの前に必ず「その馬で間違いないこと」をチェックしないと、似たような馬とすり替えて、不正を働くこともできてしまうからです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ホンダ、旭化成と電池部材の生産で協業 カナダの新工

ビジネス

米家電ワールプール、世界で約1000人削減へ 今年

ビジネス

ゴールドマンとBofAの株主総会、会長・CEO分離

ワールド

日米の宇宙非核決議案にロシアが拒否権、国連安保理
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story