コラム

松井秀喜選手に「永久欠番」の可能性はあるか?

2010年04月09日(金)12時12分

 東海岸のヤンキースから、大陸の反対側、カリフォルニアのオレンジ郡にあるエンゼルスに電撃した松井秀喜選手ですが、開幕戦でのホームランを含む2安打、開幕第3戦では3安打と、いきなり大活躍しています。送り出した側のヤンキースでも、全試合のラジオ実況放送を担当しているスーザン・ウォルドマンという女性アナウンサーが、開幕戦の速報で松井選手の活躍を嬉しそうに報じていました。

 こうなると、前にもお話したように、13日の昼に予定されている古巣ヤンキースタジアムへの「赤ゴジラ」登場が楽しみです。一部の勘違いしたファンは「裏切り者」へのブーイングをするかもしれませんが、多くのヤンキースファンは昨季の優勝への感謝を含め、7年間の貢献に対する惜しみない拍手を送ることと思います。もしかしたらスタンディング・オベーションになるかもしれません。

 松井選手がいきなり大活躍した背景には、好成績にも関わらず契約問題から「放出」された選手の精神的な「バネ効果」、一種の反骨精神のようなものがあるのだと思います。ですが、そうした個人的なことだけでなく、そもそもアメリカのメジャーリーグでは、「移籍」ということを前向きに考える文化が、選手にも、そしてファンにも根づいているということ、これは大きいと思います。

 ヤンキースからエンゼルスという移籍で思い出されるのが、松井選手のバッティングの師匠でもある、往年の外野手レジー・ジャクソン選手です。ジャクソン選手は、オークランド・アスレチックスのスラッガーとして活躍していましたが、大型移籍ということで、31歳の時に鳴り物入りでヤンキースに入団しました。この時には、オーナーのスタインブレナー氏の寵愛を受けつつも、時の監督ビリー・マーチンとは確執があり、ヤンキースのベンチは怒号や鉄拳の飛び交う「動物園」になったというエピソードもあります。

 一時はヤンキースのファンからも激しい非難を受けたジャクソン選手ですが、やがてワールドシリーズでの1試合3ホーマーという離れ業をやってのけ「ミスター・オクトーバー」(ワールドシリーズを制した男という意味)という称号と共に、スーパースターの仲間入りをしました。ですが、激しい感情を秘めたジャクソン選手は、その後も色々な経緯があって、エンゼルスに移籍することになります。そのエンゼルスでも活躍したジャクソン選手は、現役最後の1年は古巣のアスレチックスに戻って現役を終えたのでした。

 このジャクソン選手は、そのアスレチックス、ヤンキース、エンゼルスの3球団の全てから「永久欠番」の栄誉を与えられているのです。ヤンキースでは不動の44番、エンゼルスでもヤンキース時代の記憶と共につけていた44番が、それぞれ欠番になっています。アスレチックスの場合は、引退の年には「有名になった」44番をつけていたのですが、欠番になったのは20代に華々しく活躍していたときの9番だというのも、面白いエピソードです。

 つまり、ジャクソン選手は、3球団で活躍はしたものの、どこでも「生え抜きとしてキャリアを全う」することはありませんでした。ですが、その3球団でそれぞれファンから愛され、名選手として記憶にとどめられる中で永久欠番の栄誉を手にしているのです。そして、現役時代は直情径行で有名だったご本人も、今では温厚な紳士として球界全体から愛されています。

 では、アメリカには「生え抜きとしてキャリアを全うする」という考えが全くないのかというと、それはそれであるのです。例えば、ヤンキースのジーター選手(16年目、通算安打は現時点で2751本)であるとか、ブレーブスのチッパー・ジョーンズ選手(17年目、通算安打2408本)、マリナーズのイチロー選手(10年目、通算2033安打)というような人たちは、契約面などでもそうした扱いを受けていますし、全国の野球ファンからも「それぞれの球団の顔」として認められています。

 日本的な終身雇用の考え方からすると、永久欠番というのはこうした「生え抜き」カテゴリの選手だけに与えられる栄誉と思いがちですが、ジャクソン選手のように、3球団(厳密には1年間だけオリオールズにもいたのですが)を渡り歩き、それぞれの球団で永久欠番になっている選手もいるのです。そう考えると、松井秀喜選手の「55番」が永久欠番(英語では、リタイアド・ナンバー、つまり番号の引退という面白い言い方をします)になる可能性もあるということが言えます。

 ちなみに、レジー・ジャクソン選手はヤンキース在籍5年間で打点が461ですが、松井選手は7年間(といっても欠場していた期間を考えると実質は6年)で598と貢献度は互角、しかも昨年のワールドシリーズ最終戦の6打点は、21世紀版の「ミスター・オクトーバー」に値するものでした。これでエンゼルスで、鮮烈な印象を残したシーズンが1つあるいは2つあれば、もしかしたら、引退後には2球団から「永久欠番」という可能性が出てきます。

 例えば、今年の成績が良く、膝の状態も不安がなくなればエンゼルスに2年契約で残留し、その後には再びヤンキースに戻るというようなことも、アメリカの球界では起こり得るのです。永久欠番という点では、「55」という珍しい番号ということも有利に働くかもしれません。それはともかく、今季は夜10時開始の西海岸の試合を見ることが多くなりそうです。


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 冷泉彰彦が案内人を努める新番組『時空の泉~石川よ世界に』が、4月10日土曜日から始まります。日本の魅力の世界への発信が東京経由でしか伝わらないことへの疑問を前提に、冷泉彰彦の視点を通じて伝統文化から先端産業まで石川エリアの様々な魅力を探っていく企画です。
 制作・放送は石川県金沢市にあるHAB北陸朝日放送。放送エリアは石川県+CATVを通じて富山県・福井県。放送時間は毎週土曜朝6時30分~6時45分。さらに15分の番組を何本か再編集して55分番組として月に1回程度放送する予定です。将来的には、衛星放送での全国展開やウェブでの世界への発信も視野に入れています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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