歴史

奇妙な脚色のアニメ版よりはるかに面白い、「黒人の侍」弥助の数奇な人生

2021年6月3日(木)21時17分
ノア・バーラツキー
アニメ『YASUKE-ヤスケ-』のワンシーン

元奴隷の弥助は信長に取り立てられて武士になった実在の人物 NETFLIX

<ネットフリックス作品の主人公「黒いサムライ」は実在した人物。呪術やメカの要素を加えなくても想像力を刺激してやまない>

ネットフリックスが配信を開始したオリジナルアニメ『YASUKE-ヤスケ-』は、空想の産物の寄せ集めだ。16世紀の日本を舞台にロボット、呪術師、邪悪な宣教師、ゾンビの武士、時空を超えた怪奇な悪役などが入り乱れる。多くの血が流れ、珍妙な解釈の武士道が説かれたりもする。歴史物というより、生煮えのごった煮のような作品だ。

タイトルにもなったヤスケは戦国の世を生きた「黒いサムライ」で、実在した人物。その生涯は実に数奇で興味深い。制作総指揮のラション・トーマスと日本のアニメスタジオMAPPAが、なぜわざわざ呪術やメカの要素を加えたのか、首をかしげたくなる。

話を盛って脚色したのは苦肉の策かもしれない。弥助はこれまでも小説やアニメに登場したが、いずれも比較的乏しい史料を基に作者が想像を膨らませたものだった。

実際の弥助は1550年代に東アフリカで生まれたようだ。幼少時に誘拐され奴隷として売られたが、後に武術の訓練を受け、イエズス会のイタリア人宣教師の護衛として1579年に日本に渡った。

1581年、弥助は天下統一を目指す武将・織田信長に引き合わされた。南蛮文化好みの信長は弥助の黒い肌にいたく興味をそそられた。墨を塗ったのだろうと疑って、こすり落とさせようとしたという逸話も伝えられている。

弥助を気に入った信長は自分の従者とし、やがて屋敷と家臣を与えて正式な武士にした。「本能寺の変」で信長を裏切り、切腹させた明智光秀は、なぜか弥助を殺さず宣教師に返した。おそらくヨーロッパ勢を味方に付けようとしたのだろう。記録に残る弥助の足跡はここで途絶える。

日米の大衆文化に登場

記録は乏しいが、何人かのイエズス会士が日本見聞記で弥助に言及している。信長に仕えていた太田牛一が著した『信長公記』も弥助の存在に触れているが、好奇心旺盛で寛大な信長のイメージを際立たせるための脇役として登場する程度だ。

その後300年ほど、日本では弥助の物語はほとんど忘れられていた。現代の読者に弥助を紹介したのは、来栖良夫が著し、箕田源二郎が挿絵を手掛けた1968年刊行の児童書『くろ助』だ。

来栖は同時代のアフリカの民族解放運動に触発され、あとがきでアフリカを分割したヨーロッパ諸国の帝国主義を批判している。作中の弥助が祖国を懐かしむ気持ちは、芽生えたばかりのアフリカの民族主義と重なる(ちなみにアメリカでも弥助は児童書の登場人物として、子供たちに親しまれてきた)。

今、あなたにオススメ

注目のキーワード

注目のキーワード
トランプ
投資

本誌紹介

特集:世界が尊敬する日本のCEO

本誌 最新号

特集:世界が尊敬する日本のCEO

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

2025年7月 1日号  6/24発売

MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

人気ランキング

  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 7
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 8
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
もっと見る
ABJ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。