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焦点:アマゾンで気候変動データ収集、科学者が流す執念の汗

2021年01月18日(月)11時36分

 1月11日、マチェーテと呼ばれるなたを振るいながら、科学者たちはアマゾンの鬱蒼(うっそう)たるジャングルへと分け入っていく。写真は2020年12月、パラナ連邦大学で、アマゾンで採取したサンプルを調べる研究員(2021年 ロイター/Rodolfo Buhrer)

Jake Spring

[イタプアン・ド・オエステ(ブラジル) 11日 ロイター] - マチェーテと呼ばれるなたを振るいながら、科学者たちはアマゾンの鬱蒼(うっそう)たるジャングルへと分け入っていく。まだ、正午までにはかなりの時間があるのに、気温はすでに摂氏38度を超えていた。

男女混合の小人数のグループは、汗だくになりながら木々の枝を切り払い、地面に穴を掘り、樹木の幹にペンキをスプレーする。

自然破壊のようだが、名目は科学的な調査である。

ロンドニア州の州都ポルトベリョから約90キロ離れた森の中で、ブラジルの研究者らは、世界最大の熱帯雨林であるアマゾンの様々な部分における炭素保持量を調べている。気候変動を加速する大気中の二酸化炭素の吸収にどれだけ寄与しているかを探る試みだ。

「グローバル規模で森林が失われつつあるだけに、この調査は重要だ」と語るのは、パラナ連邦大学(ブラジル)のカルロス・ロベルト・サンクエッタ教授(森林工学)。

そのまま繁茂する場合に吸収する二酸化炭素量、伐採された場合に放出する二酸化炭素量の双方に関して「森林がどのような役割を担っているか、理解する必要がある」と同教授は語る。

サンクエッタ教授は昨年11月に1週間にわたって行われた遠征調査の指揮を執り、植物学者、農学者、生物学者、複数の森林工学専門家を含むチームを監督し、生死を問わず、分析に用いる無数の植生サンプルを収集した。

多湿で害虫に悩まされる状況も多い環境で、チェーンソーやすき、ドリルや計測器具を駆使する作業は、過酷だが緻密に進められる。

ミナスジェライス大学で環境マネジメントを専攻するラオニ・ラハオ氏は、サンクエッタ教授のチームには参加しなかったが「彼らは、学生に講義するだけの白衣をまとった科学者ではない」と語る。「自らの手が汚れるのを顧みずにハードワークする人々だ」──。

<総合的なアプローチ>

環境という点で重要なアマゾンの複雑な熱帯雨林生態系が保持する炭素量の測定を試みる研究者は、数百人を数える。アマゾンは総面積600万平方キロ以上、9カ国にまたがって広がっている。

樹木に含まれる炭素量だけを計測しようという研究もあるが、サンクエッタ教授によれば、彼のチームでは総合的なアプローチを採用し、下生えや土壌、分解されつつある植物の残骸も測定しているという。

また、原生林だけでなく、植林された地域も検証し、そこに含まれる炭素量に新たな光を当てようとしている。森林再生の取り組みにインセンティブティブを与えるうえで重要な情報だ。

地球大気に熱をこもらせる温室効果ガスの中でも、最も一般的なのが二酸化炭素だ。樹木は大気から二酸化炭素を取り込み、炭素として蓄積する。温室効果ガスを吸収する最も低コストで簡単な方法の1つだ。

だが、このプロセスが逆に作用することもある。多くは農場や牧草地を作る目的で樹木が伐採され、あるいは焼き払われると、樹木は二酸化炭素を大気中に放出してしまう。

「森林破壊が行われるたびに、温室効果ガスの放出という損失が生じる」とサンクエッタ教授は言う。同教授は、気候科学における世界のトップ機関である国連気候変動に関する政府間パネルのメンバーだ。

非営利のコンソーシアム「クライメート・アクション・トラッカー」によれば、現在の二酸化炭素排出ペースが続いた場合、2100年までに地球の気温は約2.9度上昇すると予想され、地球に破滅的な影響が生じるのを回避するための限界である1.5─2度という上昇幅をはるかに超過してしまう。気候変動によって海面が上昇し、自然災害が深刻化し、難民の大量移動を引き起こす可能性がある。

ブラジルで右派のジャイル・ボルソナロ大統領政権が誕生して以来、アマゾンの森林破壊は加速している。2019年の就任以来、ブラジル領のアマゾンにおける森林破壊により、少なくとも8億2500万トンの二酸化炭素が排出された。

米国の全ての乗用車が1年間に排出する量を上回る数字だ。

ブラジル政府でアマゾン関連政策を担当するハミルトン・マウリャオ副大統領のオフィスは声明で、森林破壊の増加は現政権以前から始まったものであり、政府は森林破壊につながる鉱山開発や木材の密輸を阻止するため、24時間態勢で取り組んでいると述べている。

「望ましいレベルの成功には至っていないが、もっと悪くなっていた可能性もある」と指摘した。

<入念な測定>

気候変動の脅威を理解し対処するうえで鍵となるのは、減少する森林における炭素量の測定をもっと精密にすることだ。

サンクエッタ教授のチームに資金支援と複数の科学者の派遣を行っているブラジルの非営利組織、リオテッラ・スタディ・センターでプロジェクトコーディネーターを務めるアレクシス・バストス氏は「誰もがこの情報を求めている」と語る。

現在、ほぼ全ての大陸において、科学者らが森林の炭素量の測定に取り組んでいる。

サンクエッタ教授のチーム以外にも、例えばアマゾン・フォレスト・インベントリー・ネットワークは、提携する200人以上の科学者とともに、炭素量その他の測定を標準化し、森林の「数値化」に向けて膨大なデータを蓄積している。

同ネットワークのコーディネーターを務める英リーズ大学の熱帯生物学者オリバー・フィリップス氏は「アマゾン全域を見渡すと生物種に違いがある。南西部のペルーと北東部のガイアナでは、実質的に重複する種が皆無だ。つまり、全く同一の気候なのに、植生は全然違う」と課題を指摘する。

同ネットワークの協力者は、死んだ植物の残骸や土壌も含め、炭素を保持する主要な物質を把握するために厳密なパラメーターを使っている。ある区画の境界に生えている樹木については、根の50%以上が区画内にある場合のみ測定の対象とする、といった規定がある。

どんなチームであっても、アマゾンが保持する炭素量の正確な測定に向けて広大な熱帯雨林から十分な量のサンプルを採取することは期待できない。しかも、求める数値は変動している。アマゾンの熱帯雨林は、密生したジャングルから開けた河川域まで多岐にわたっており、たえず変化している。伐採される樹木が増える一方で、植林の取り組みも加速している。

サンクエッタ教授のチームが、リオテッラによる支援を受けて今回の一連の調査を開始したのは2016年。リオテッラ自体は、ブラジルの国営石油会社、ペトロレオ・ブラジレイロSA(ペトロブラス)からの出資を受けていた。当時、リオテッラは熱帯雨林が破壊された地域への植林を進めており、それによってどの程度の量の炭素が吸収されるかを知りたがっていた。

ペトロブラスはロイター向けの声明の中で、同社が何年にもわたり「社会的責任」へのコミットメントを重視しようと努力してきており、それは特に、エネルギーを供給する一方で「持続可能性の課題を克服する」ことを意味している、と述べている。

1週間単位の遠征調査には、1回あたり約20万レアル(約400万円)の費用がかかる。サンクエッタ教授によれば、プロジェクトが直接ペトロブラスから資金支援を受けたことはないと話している。

ペトロブラスからの支援が終った後、リオテッラはブラジル、ノルウェー、ドイツの政府が支援するアマゾン・ファンドからの資金を得ることができた。

暫定的な調査結果からは、二酸化炭素吸収という点では、自然な再生に任せるよりはアマゾンに生育する複数の種をミックスして植林する方が、効果的であることが示唆されている。

とはいえ、森林をありのままに保つほど有効な方法は他にないようだ。サンクエッタ教授がブラジル科学省のデータを分析したところ、ロンドニア州の原生林1ヘクタールは、平均176トンの炭素を保持している。これに対して、植林から10年を経過して再生した森林では、1ヘクタール約44トンである。大豆栽培農場では平均約2トンでしかない。

<地球の健康を取り戻す>

ジャングルの中でサンクエッタ教授のチームは、群がってくるハリナシミツバチを追い払いながら、200平方メートルの区画を詳細に調査した。農家が放棄した後、約10年で自然に再生した部分だ。

幹の周囲長が少なくとも15センチ以上の樹木は19本。一般に、これ以上の太さの樹木であればかなり多くの炭素を保持するとされる基準である。隣接するアクレ州から来た64歳の植物学者、エディルソン・コンスエロ・デ・オリベイラ氏が、太さを測るために幹に巻き尺を巻き付けていく。

「ベルシアだ」と彼は叫ぶ。最も迅速に再生する種の1つ、果樹のベルシア・グロスラリオイデスとの判定だ。彼は次々に測定を進め、別の科学者が結果を書き留める。

ある生物学者は、樹木の幹に番号付きのタグを留めていく。一方で、グループの数人は「解剖」用として目を付けた樹木をチェーンソーで切り倒す。倒された幹は細かく分割され、葉はむしられて袋に詰められる。切り株は掘り起こして、枝にぶら下げた吊り下げ式の秤で重さを測定する。

「自然破壊のようだが、切るのは数本だけだ」とサンクエッタ教授は言う。

別のグループは3フィート(1メートル)ほどのらせん式の金属製電動ドリルを地面に突き立て、4段階の深さから泥を取り出す。分解されつつある植物の幅を測り、地表の堆積物を熊手で採取する。

採取したサンプルは研究室に持ち帰る。乾燥して重量を測定してから、どの程度の炭素が含まれているか計測できるよう、乾式燃焼炉で灰にする。

昨年11月に1週間かけて行われた調査では、20区画を測定した。最終的な目標は今年末までに100区画を調査することだ。

ラハオ氏によれば、この作業は「地球の健康を診断する」だけでなく「どれくらいで治療できるか」を判断する手段にもなっているという。

(翻訳:エァクレーレン)

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