ニュース速報

ワールド

アングル:世界の観光都市が需要消失の危機、新戦略で出口模索

2020年08月25日(火)12時27分

 タイの首都・バンコクで観光名所の1つになっているのがカオサン通り。いつもの週末は多くの人がひしめき、安いビール酒場やタトゥーショップ、屋台、宿泊施設、エネルギッシュな「夜の店」を目当てに、貧乏旅行者や団体客も訪れる。写真はカオサン通りで客が来るのを待つ人。3月12日撮影(2020年 ロイター/Jorge Silva)

[バンコク 20日 トムソン・ロイター財団] - タイの首都・バンコクで観光名所の1つになっているのがカオサン通り。いつもの週末は多くの人がひしめき、安いビール酒場やタトゥーショップ、屋台、宿泊施設、エネルギッシュな「夜の店」を目当てに、貧乏旅行者や団体客も訪れる。

ところが、最近のある土曜の夜は、通りに閑古鳥が鳴いていた。歩いていたのは地元の人らしき数十人に過ぎず、彼らは閉店している屋台の前を通り過ぎ、営業中の飲食店従業員の呼び込みにも一切目もくれない。

この状況こそが、新型コロナウイルスのパンデミックがバンコクにもたらした逆風のすさまじさを物語っている。海外旅行が制限される前まで、バンコクは4年連続で世界旅行者数ランキング1位を獲得していた。

「プーキー」という名前でカオサン通りの飲食店のウエートレスをしている女性は、誰も座っていないテーブルを指さしながら「今みたいな景色は見たことがない。普段なら、ほんの1分も立ち止まる暇がないぐらい忙しいのに。ここの多くは、店を閉めてしまった。外国人観光客が近いうちに戻ってこないなら、私たちも閉店するかもしれない。週末にはある程度、国内の客が来てくれるけど、それだけでは到底やっていけない」と嘆く。

タイを昨年訪れた外国人旅行者は過去最高の3980万人で、消費額は国内総生産(GDP)の11.4%を占めた。政府が今年目指していたのは4000万人超の受け入れ。しかし、中央銀行の試算によると、渡航制限や各種隔離措置により、今年の外国人旅行者は800万人にとどまりそうだ。

こうしたインバウンドの落ち込みがとりわけ切実に感じられるのが、ほとんどの旅行者が有名寺院や海辺のリゾートに向かう前に1泊ないし2泊するバンコクだ。今や、大量の観光客に依存してきた経済モデルを捨て去るべきかどうか、岐路に立たされている。

オーストラリアのグリフィス大学で都市・環境計画の上級講師を務めるトニー・マシューズ氏は、「都市型観光」の未来が短中期的に「非常に不確実」である以上、バンコクが苦闘している現状は、他の多くの都市にも共通すると指摘。トムソン・ロイター財団に「観光業に大きく頼っている都市は、異例の危機に直面しつつある。彼らは大量の観光客を再び目にするまでじっと耐えるのか。それとも目玉となる新しい産業や経済の開発に着手するのか。だが、都市経済を再構築するのは難しい。少なくとも利益が出るぐらいのモデルが既に整っていない限り、観光依存モデルからは簡単に脱却できない」と話した。

<量より質>

近年は格安航空の利用普及が、旅行ブームを巻き起こした。オランダのアムステルダムからオーストラリアのシドニーまで世界各地の都市は、観光産業の成長にはつながるが、悪影響ももたらす旅行客からの需要と、地元住民の生活との折り合いをどうつけるか頭を悩ませていた。

いわゆる「オーバーツーリズム」は地元住民の不満を高め、家賃も押し上げてしまうほか、公共交通機関や廃棄物処理などのインフラを圧迫し、生態系や文化的、歴史的な資産にも打撃を与えかねない、とマッキンゼーは分析する。

そこで、コロナ対策の導入を機に、一部の都市は従来の観光一辺倒の戦略見直しに動いている。

スペインのバルセロナ市は、観光客について「量より質」を重視する方向にかじを切り、地元の食文化を前面に出して、より支出額の大きな旅行客の誘致を目指すと表明。

アムステルダム市が推進するのは、住居や医療などの生活改善や温暖化対策、生物多様性のための社会的、環境的目標をより優先する経済振興モデルだ。

マシューズ氏は「観光収入の目減りが見込まれるので、アムステルダムが他の方法で経済の土台を改善しようとするのは妥当だ。とはいえ都市というのは、長年かけて観光地としての側面を築き上げ、経済と結びつけてきた。やむを得なくなるまでは、そのやり方を変えたくはないだろう」とみる。

タイの場合は近年、観光による汚染でダメージを受けたサンゴ礁の回復を待つため、最も人が集まる海岸を幾つか閉鎖。カオサン通りなどでは、観光客の印象を良くしようと屋台の整理に乗り出した。

また、バンコク市内や海岸リゾート地を悪い方で有名にしている、ゴーゴーバーやその他のいかがわしい風俗店の取り締まりも進め、イメージアップを図っている。

同国政府がずっと観光客の「質」より「量」を追求してきたことに批判的な専門家のデービッド・ロビンソン氏は、ようやく当局がより持続可能なモデルに移行する機会がやってきたと喜ぶ。街の情緒や歴史を感じさせる川沿いの店などが加盟する団体バンコク・リバー・パートナーズの役員でもあるロビンソン氏は、観光客数で世界一を争ってもタイにとって良いことなどないと言い切り、観光客が増えても国がもっと潤うわけではなく、持続不可能だと話した。

<新しいシナリオ>

タイは新型コロナの封じ込めでは相当な成果を出しており、感染者の累計は約3300人、死者は60人以下にとどまっている。

それでも東南アジア地域全体では、新規感染が広がっている。入国時の隔離措置を設けずに相互に移動の自由を認める「トラベルバブル」協定を特定国と結ぶ計画もあったが、結局、棚上げにしたという。

政府は今後、ビジネス関係や医療目的の入国を限定的に認めると同時に、7億ドル強を投じて国内観光を促進するとしている。

タイ政府観光局の幹部によると、同国観光市場のうち国内旅行は約30%に過ぎず、これまではあまり関心が向けられていなかった。

だが、スマトラ沖地震の津波、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、鳥インフルエンザ、政治の混乱といった過去のあらゆる出来事よりも深刻なコロナ危機によって、全てが変わった。「王宮やチャトチャック・マーケットの外で行列する乗り物や、ガイドの先導で主要観光地を巡る大規模な団体旅行客は、もう見られないだろう。だから、新しいシナリオを準備しているところだ」という。

500以上のホテルを運営するマイナー・ホテル・グループのマイケル・マーシャル最高商業責任者も「国内客の市場だけが、われわれの事業を一定ペースで維持してくれるだろう」と述べた。

(Rina Chandran記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBが0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用弱含みで

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、年内0.5%追加利下げ見込む 幅広い意見相

ビジネス

FRB独立性侵害なら「深刻な影響」、独連銀総裁が警
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中