ニュース速報

ビジネス

アングル:メキシコ対ブラジル、投資家振り回した大統領の明暗

2021年04月10日(土)09時33分

 4月8日、中南米経済の2強であるメキシコとブラジルで、かたや左派のポピュリスト、かたや極右の下院議員が大統領に就いた時、投資家は自分たちに利益をもたらしてくれるのが、どちらの人物かを見抜いていた気分でいた。写真は5日、ブラジリアで式典に出席するボルソナロ大統領(2021年 ロイター/Adriano Machado)

[ニューヨーク 8日 ロイター] - 中南米経済の2強であるメキシコとブラジルで、かたや左派のポピュリスト、かたや極右の下院議員が大統領に就いた時、投資家は自分たちに利益をもたらしてくれるのが、どちらの人物かを見抜いていた気分でいた。

しかし、それから2年余りが過ぎ、新型コロナウイルスがもたらした大きな犠牲を経験した今、夢から覚めた投資家はせっせと資金を移動させている。かつて説得力のある改革と民営化を約束していたブラジルから、米国の景気回復によって恩恵を受けそうなメキシコへの転身だ。

<米の大型経済政策がメキシコに追い風>

2018年の大統領選で地滑り的勝利を収めたメキシコのロペスオブラドール大統領が、勝たせてくれた支持層に報いるため過剰な財政投資を行うのではないかと投資家は案じている。しかし、その心配は未だ現実化していない。実現していないのは、ブラジルのボルソナロ大統領が約束した経済改革も同じだ。

イートン・バンス(ボストン)のポートフォリオマネジャー、マーシャル・ストッカー氏は「(ロペスオブラドール氏は)投資家が予想したより『まし』で、ボルソナロ政権は投資家の『予想ほど良くなかった』」と語る。

コロナ禍への対し方という点では両者とも、科学を否定したり信じなかったりといった点で共通する面もあったが、財政面の対応は対照的だった。

国際通貨基金(IMF)のデータによると、ボルソナロ氏は国内総生産(GDP)比8.6%の追加支出を行ったのに対し、ロペスオブラドール氏は同0.6%しか支出を増やさなかった。

エムソ・アセット・マネジメント(ニューヨーク)の調査責任者、パトリック・エステルラス氏は「メキシコは、良く言えば、近隣諸国のような放漫財政に手を染めなかった」と話す。

バイデン米大統領が署名した1.9兆ドル(約207兆7800億円)の大型経済対策がメキシコ経済に追い風を吹かせるとの期待も加わり、投資家心理は大きく好転している。

国際金融協会(IIF)のデータによると、今年2月はメキシコ、ブラジルともに外国勢の証券投資資金が流出したが、3月最初の3週間はメキシコの株と債券に3億5500万ドルが流入。これに対してブラジルの株と債券からは4億6500万ドルが流出した。

IMFは今週、メキシコの今年の成長率見通しを0.7%ポイント引き上げて5.0%とした一方、ブラジルは0.1%ポイントの上方修正にとどめ、3.7%とした。

ブラジルで新型コロナウイルス感染による死者数が急増。1月に世界最悪となった米国を間もなく上回りそうな情勢であることも、メキシコへの資金移動に拍車を掛けている。

ロイターの集計によると、ブラジルが報告しているこれまでの感染者数は累計1300万人超、死者数は33万6000人を超えた。メキシコは感染者数が220万人強、死者数が約20万5000人だ。

<支持基盤が揺らぐブラジル大統領>

ボルソナロ氏は今週、軍に対し、コロナ禍が原因で社会に暴動が広がった場合、制圧のために動員できる部隊があるかを尋ねた。

TSロンバードのブラジル調査担当マネジングディレクター、エリザベス・ジョンソン氏はノートで「ボルソナロ氏は経済界の大半、国民の大半、そして軍上層部の支持を失った」と解説する。 予算を巡る攻防により、ボルソナロ氏と議会との関係も悪化しているという。

ボルソナロ氏は2月、国営石油企業ペトロブラスの最高経営責任者(CEO)を更迭し、投資家を驚かせた。燃料価格の引き上げについて意見が対立した結果だった。

3月には国営の銀行最大手バンコ・ド・ブラジルのCEOが支店閉鎖を巡ってボルソナロ氏と争った末に辞任した。

こうした出来事を嫌気してブラジルの金融市場は大幅下落し、相場は今も完全に回復していない。

ブラジルの通貨レアルは今年に入って対ドルで7%超下落した。メキシコのペソは同1%前後の下落にとどまっている。

仮にドルがさらに上昇して自国通貨が下落すると、輸出依存型のメキシコの方がブラジルよりも大きな恩恵を受けるだろう。ブラジルの場合、レアル安による主な影響はインフレ圧力の高まりとなって表れることになる。

ブラジルは財政不均衡を抱えているため、米国債利回りの上昇からも悪影響を受けやすい。ブラジルの指標国債利回りは約1年ぶりの高水準で推移している。

来年の大統領選に左派のルラ元大統領が出馬する可能性が出てきたことで、防戦するボルソナロ氏が社会保障支出の増額に動かざるを得ない状況も強まっており、改革法案可決の可能性も低下している。

<売られ過ぎで投資チャンスも>

コロンビア・スレッドニードルの新興国市場債務チームのアナリスト、ゴードン・バウアーズ氏は、主要な行政・税制改革が近く議会で可決される公算は小さくなったと指摘。「仮にこうした改革のどれかが実行されるとしても、すっかり骨抜きになるだろう」と述べた。

ただ、ブラジル市場は売られ過ぎたためバリュー投資の好機が訪れたとみる投資家もいる。

ベアリングスのグローバル・ソブリン債・通貨責任者、リカルド・アドローグ氏は「ブラジルの政治は混乱し、国民との対話はお粗末だが、ルールはまだ機能しており、政府は今後の針路のコントロールを続けることもできる」とし、「社会保障増額のための予算はあり、財政赤字が爆発的に増えそうなわけでもない」と語る。「それ以外のことはただの雑音」とし、投資判断としてはブラジルは大きなチャンスかもしれないとしている。

(Rodrigo Campos記者)

ロイター
Copyright (C) 2021 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中