コロナのPCR検査代は自己負担だった

一方、自国のウォロディミル・ゼレンスキー大統領については「彼には政治経験がありませんでした。失敗もしましたが、今、彼は祖国と自由を守るために非常に良くやっていると思います。勇気を示しました。彼がやっていることに敬意を表します」と言う。

出発2日後の10日に隣国のポーランドに到着した。日本在住のオレナさんが身元保証書の準備などをして、14日に90日間の短期滞在ビザが2人に認められた。1人70ドル(約8650円)の自己負担で新型コロナウイルスのPCR検査を受け、陰性だったため、17日に空路チューリッヒ経由で成田に向かった。

成田国際空港で自主隔離措置のためスマートフォン(多機能型携帯電話)にアプリをダウンロードしなければならなかった。ウォロディミルさんはスマホを持っていないため、オルハさんのスマホで2人一緒に済ませられないかと担当者に頼み込んだが、断られた。

スマホを借りる代金は日本円で支払うよう指示された。たまたま日本円を持ち合わせていたから良かったものの、持っていなかったらどうなっていたのか。ウクライナ避難民の無償宿泊施設として4カ所が広報されていたものの、迅速に対応してくれたのは不動産会社のアパマンだけだった。

「言葉は分からなくても、在ポーランド日本大使館で両親は本当によくしてもらったそうです。でもPCR検査の費用やスマホのレンタル料の負担は、両親のような戦争避難民には重たいです」と娘のオレナさんは話す。

牧歌的だったウクライナとロシアの関係

ウォロディミルさんはキエフから西へ約150キロメートルのジトミールという町に近い小さな村で生まれた。地元に小学校がなかったので隣町まで通ったという。ウォロディミルさんの父親は電気技師をしていた。

オルハさんはモスクワから東へ約3500キロメートル離れたロシアのケメロヴォ出身だ。12歳の時にウクライナに引っ越してきた。ウォロディミルさんとは同じ職場で知り合い、結婚した。日本で言う「職場結婚」だった。

「ウクライナ人の夫も大学ではロシア語で教育を受けていたし、私もウクライナ語を勉強したので、コミュニケーションは何の支障もなく取れました。私たち夫婦だけの話ではなく、みんなそんな感じでした」とオルハさんは振り返る。

「ソ連時代はロシア語を勉強していたし、テレビもロシア語だったので、ロシア語で話してもみな通じました」(オルハさん)。辺境の地や戦略的な地域を除いて、身分証明書さえ持っていればソ連内の行き来は自由に認められていた。

「ソ連時代でさえ人々は自由を求めた」
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