7月25日付英タイムズ紙の1面には、仏南西部ラカノー近郊の砂浜で、パラソルの下に座る2人の人が海を眺めている写真が掲載されていた。その向こうでは、山火事の煙が木々の上へ壁のように立ち上り、空を赤く染めている。写真には「劇的な光景」という説明が添えられていた。

写真の上に位置するトップ記事は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするイギリスの「ネットゼロ」政策が停電のリスクを高めているという内容だった。

1面の残りは、バーベキューのコツや、この夏おすすめのワイン25選といった記事で埋まっていた。11万人以上が避難したフランス南西部の火災について、詳細に報じる記事は5面に追いやられていた。

この報じ方に、SNSでは偽善的だという声が上がった。だが矛盾する内容の記事が同時に1面に並ぶのはなぜか? その理由を探ると、気候変動の報道の在り方が見えてくる。

タイムズ紙面 @WithyGroveのX(旧ツイッター)投稿より
同日の英タイムズ紙面 @WithyGroveのX(旧ツイッター)投稿より

同じ週末、イギリスの他の新聞もヨーロッパ各地の火災を報じた。ミラー紙は「混乱の夏」という見出しを掲げ、山火事でイギリス人が休暇先のリゾートから避難していると伝えた。フィナンシャル・タイムズ紙は「ヨーロッパ炎上」を見出しに据え、スコットランドでは地元紙がケアンゴームズ国立公園の大規模な山火事をトップで報じた。

ヨーロッパの山火事は、休暇の中断、エネルギー政策をめぐる対立、国内の防災問題、大規模な緊急事態を組み合わせた形で報じられた。どの記事も事実を伝えている。

違うのは、どこまでさかのぼるか、だ。火事の原因は、今日のバーベキュー、あるいは前日の風向き、今年の春の乾燥、数十年前からの土地利用の変化、1世紀に及ぶ温室効果ガスの排出として説明することが可能だからだ。

ニュースの命は「新しさ」だ。何かが変わっていなければ、記事にならない。だから火災の発生は報じても、その原因は報じる価値がない。

何年も連続して春が乾燥気味という現象は「特定の日」に発生したわけではない。発表もなければ、死傷者数も、写真もない。「ニュースのきっかけ」が欠けている。きっかけのない記事は、極めて掲載されにくい。

だから気候変動のうち、炎や避難、欠航といった急激で、目に見える部分は大きく取り上げられ、しっかり報道される。一方、ゆっくり蓄積される過程は、あまり報じられない。個々の出来事の情報は大量に与えられるが、背後にある過程はほとんど伝わらない。

しかも火災はいつも緊急速報として報じられるため、その直前の火災との関連は伝えられないことが多い。

昨年は欧州全域で山火事により220万ヘクタールが焼失した。2022年の焼失面積は140万ヘクタールで、4年間に57%増加した。個々の火災に関する記事でこの数字を、説得力を持って伝えることは難しいが、こうした大きな傾向については、明記されるべきだ。

火災による欧州全体での焼失面積はこの4年間で57%増加したという

火災が起きやすい条件が整った理由が報じられなければ別の説明が入り込む余地が生まれる。放火の噂、農家や土地管理者への非難、単なる政治的な責任追及などだ。

火災を、外国で起きている緊急事態と報じていると、国内でゆっくり進んでいる同様の災害が見逃されやすくなる恐れもある。

イギリスでは既に、ウェールズ北部とセバーン川上流域で干ばつが宣言されていた。ケアンゴームズ国立公園の山火事では500人以上が消火活動に当たり、近隣の村の住民が避難した。それでもイギリスの多くの人々は、フランスの山火事を、遠くの出来事のように眺めている。

イギリスでは、気候変動に関する報道の改善を求める声が上がっている。科学者らはBBCやITVなどのメディアに対し、熱波を報じるときに気候変動との関連が語られていないことを指摘する書簡を送った。だが、変化はなかなか進まない。

一方で、フランスのメディアによる異常気象の報じ方を見ると、使われる言葉にも、記事の扱いにも明らかな変化が見られる。かつては「異例の熱波」、つまり例外的な出来事と表現していた。今ではこうした現象を「気候変動」の兆候と日常的に呼ぶようになっている。

これは重要な変化だ。「例外」はその時限りのことだが、「兆候」は、過去からの経緯と今後の方向性を示している。

この点で報じ方が最もうまいのは地方紙だ。その理由の1つは、炎が消えた後もその土地にとどまり、植林や防火帯、高齢住民の保護を報じ続けていることだ。緩やかな変化は、火災そのものではなく、その前後の何年もの時間の中でこそ見える。

ジャーナリズムもニュースも、「出来事」の報道をやめはしない。火災はニュースであり、緊急事態として生々しく、現場から伝えるべきだ。

問題は、いかにして火災が物語の全てだと読者に思わせないようにするか、ということだ。火災という出来事は、長く続いた変化が人々の目を引く形で表面化した瞬間にすぎない。そこで報道を終えれば、その日の出来事については正確でも、過去10年の出来事については誤解を与える可能性がある。

記事に欠けている因果関係の背景を補うのは、読者や視聴者の仕事ではない。受け手のメディアリテラシーで解決しようとすることは、報道を改善しなくていいと認めることになる。気候変動に関する物語を、長期的に進む変化と、急激に発生する出来事の両面から伝える力があるのは、編集者と記者だ。

そのような伝え方を可能にするには、緊急事態が発生する前の状況を、単なる背景ではなく、記事の一部として扱う必要がある。

つまり火災の記事では、焼失面積と同様に、春の降水量も当然の情報として盛り込むべきだ。また、過去の出来事を常に念頭に置き、個々の火災を孤立した出来事ではなく、直前の事例を踏まえて報じることも必要だ。

さらに、記者が現地を再訪するための費用を確保する必要がある。火災後の復旧や植林、新たな環境への適応策といった段階こそ、緩やかな変化が目に見えるようになるからだ。そして新聞社の災害担当の記者と環境担当の記者は、同じ1つの世界を報じていることを肝に銘じるべきだ。それぞれが別々の世界であるかのように報じてはならない。


 

The Conversation

Doug Specht, Reader in Cultural Geography and Communication, University of Westminster

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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