<現存する日本の書籍をデジタル化して保存する国家的「デジタル・ライブラリー」の構築を検討するべき>

アメリカのAI企業が、大規模言語モデル(LLM)の学習データに使うため、日本の古書店などから書籍を大量に購入していたというニュースがありました。書籍の取り次ぎ(問屋)である日販グループが、アメリカのAI企業に同様に書籍を販売していたことも報じられています。

確かに、あまり愉快な話ではありません。しかし、日本の国益を損なう行為だから禁止するべきと言えるかというと、それほど単純な話ではないと思います。

まず、最も強い批判は、日本人が生み出してきた知識や文化的資産を、米企業が自社の利益のために利用しているというものです。

日本の古書や在庫本には、歴史、文学、哲学、科学、社会制度、地域文化など、インターネット上では十分に公開されていない情報が数多く含まれています。こうした書籍を大量にデジタル化すれば、AI企業はこれまで容易には手に入らなかった日本語の知識を、モデルの学習に取り込むことができます。

つまり、日本の研究者や作家、出版社が長年かけて蓄積してきた知識が、米企業のAI製品の競争力を高めるために使われる可能性があるわけです。

日本の知的資産が利用され、経済的利益が海外に流れる?

しかも、そこから得られる利益は、必ずしも原著者や出版社には還元されません。日本の知的資産が米企業の競争優位に転換され、その経済的利益の大部分が海外に流れるのであれば、日本にとって問題だという主張には一定の合理性があります。

また、AI企業が購入した本を処理後に断裁・廃棄していることも批判されています。アメリカでも同様の行為が問題視されています。断裁は著作権の問題をうやむやにするためだという報道もありますが、実際には大量の書籍を効率よくスキャンするためであり、スキャン後は再製本できないため廃棄している、というのが実情だと考えられます。

とはいえ、流通倉庫の在庫本ならともかく、古書の価値は本文の文字情報だけにあるわけではありません。

たとえば、初版本や限定版としての希少性、装丁・紙質・印刷技術といった文化的価値は、テキストデータにした時点ですべて失われます。内容面でも、現存数の少ない本や、近代日本の学術史・出版史を研究するうえで重要な資料が断裁されてしまえば、将来の研究者が現物を調べる機会が失われてしまいます。

では、AI企業による書籍の大量購入を今すぐ禁止すればよいのかというと、それだけでは足りないと思います。

国内に残る書籍のデジタル化が必要
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