<かつては学生のAI利用を禁止する方針だったが、最近は積極的に活用してより高度な研究を進めようという姿勢に転じている>

2022年の暮れにChatGPTが公開されて、生成型AIが一気に普及しました。現在ではビジネス界で働き方をどんどん変えつつあるAIですが、教育界も大きな影響を受けています。当初から問題になっていたのは、学生や生徒がAIを悪用することでした。宿題をAIに丸投げする、入試の際に提出するエッセイをAIに書かせるといった行為が横行したからです。

当然こうした行為は禁止されましたが、実際に利用した事実を見抜いて摘発するのは難しく、イタチごっこが続いていました。そうした中で、現時点では中学校以下のレベルでは、AIの使用を完全に禁止する方向が模索されています。このレベルの子供たちが宿題や自習の際にAIに頼っていては学力の低下は避けられないからです。なにしろ、数学の問題を画像としてAIに入力すれば、丁寧に式を展開してくれて正答までの完璧な答案が得られる時代です。小中学生がこれに頼ってしまうようでは、人類はやがてAIを使う側ではなく、使われる側になってしまうからです。

問題は大学です。ある時期には「AIに書かせた課題を提出」した学生が、その内容を発表する際に「自分が書いたものではない」ので説明に詰まるなどの現象が問題になりました。そこで、課題の提出については文書だけでなく口頭試問も行うとしたところ、今度は教員の手間が激増するという問題が起きています。自宅で取り組んだ課題を出させるのを断念して、小刻みにテストをするようになった授業も多くあります。一方で、教員の方も授業の内容やスライド作成にAIを使用するとか、論文執筆のツールとしてAIを使うことが増えてきました。その結果として、ハルシネーション(AIによる誤答)の悪影響が潰し切れていない授業や論文も発生していたのです。

そんな中で、2025年になると多くの大学が方針を変えるようになりました。それは、「大学におけるAIの利用を禁止するのを止める」という動きです。具体的には、大学として「AI利用を禁止した上で、違反を摘発する」という態度を「変える」ということです。その上で、大学としては「AI利用を前提とした大学のあり方」を前向きに追求するというのが、新しいトレンドになりました。試行錯誤の結果、今年の夏の学年替わりの期間に、多くの大学は新しい暫定方針を検討しており、この9月からの新学年のスタートにあたっては、新しいルールを教授陣に提示して運用を開始している大学が多くなっています。

具体的な方針については大学ごとに違いがありますが、多数派となっているのはMITの委員会報告をベースとした考え方で、次の4つに集約できると思います。

AIチェッカーに依存しない宣言をする大学も

1つ目は、大学としてAIの利用を警戒したり、禁止したりするのではなく積極的に利用する方向に転換するということです。具体的には多くの大学が、OpenAI社やAnthropic社と契約して、教職員も学生も大学のIDで、高容量のAIの利用ができるようにしています。

極めて具体的なこととしては「AIチェッカー(検出ツール)」への依存をやめるという宣言をする大学もあります。2023年ごろから、学生のAI利用を「摘発」するためのツールが開発されてきました。ですが、当然の流れとして「AIに書かせた文章を人間っぽく化粧する」ツールも開発されています。MITの報告書によれば、「チェッカー」と「人間らしく見せる」ツールとの間では不毛な「軍拡競争」が起きているというのです。また、英語を母語としない学生の場合「語彙が不自然」だとか「文章が幼稚」「文章のメリハリがない」などとして、「チェッカー」が摘発してしまうという誤判定問題も起きていました。

そんな中で、この「チェッカー」を使うということは、そもそも学生を疑っているからであり、大した効果もない「チェッカー」の存在が、大学と学生の基本的な信頼関係を壊しているという認識が広まっています。こうした議論の結果、多くの大学で「禁止して検出し、発見したら罰する」という姿勢を廃止しつつあります。

第2に、成果物だけでなく過程を評価することです。特に重要なのは「AIの利用を認める」が、その代わりに、どのように利用したかは可視化するというルールが導入されています。成績をつけるにも、口頭試験、学期を通じたポートフォリオ、授業外の課題と授業内の対話などを組み合わせて、総合評価する方法が推奨されています。AIの活用を含む改訂履歴が残る環境で作業させ、その履歴を提出させる方法も広まっています。

この点については、禁止の代わりに正直に申告させるという、「倫理的な」発想ではダメだという意見もあります。仮にAIを無自覚、無制限に使用して、しかも申告しないでいたとしたら、その学生は「指導者に対しては、立派な成果物を出している」にもかかわらず、「実は自分では理解していない」という絶望を抱えてしまうことになります。

つまりAIが習熟と自信を損ない、孤立を深め、学生が苦労する前にAIに頼る「最初からバンザイ降伏」を恒常化するという懸念です。 学生にこの敗北感の常態化を経験させてはならないという思想をベースにするべきだ、というのです。

教員のAI利用にも求められる透明性
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