<娘を殺された母親の行動が田舎町に波紋を起こす物語で、マクドーマンドが傑出している理由>
初めてフランシス・マクドーマンドを知った映画は『ファーゴ』だった。その印象を一言にすれば、「何と華のない女優なのか」になる。
『タクシードライバー』で初めてロバート・デ・ニーロを見たときも同じ感覚を持った。もちろん、世の中には華のない人はたくさんいる。というか圧倒的に多数派だ。
補足するが、華とは美男美女のことではない。世阿弥的には秘してにじむもの。映画の主役ならば華は前提。そんな思いでいたからこそ、デ・ニーロやマクドーマンドの地味すぎるたたずまいには驚いた。
全く見る目がない。当時は(羞恥でうつむきながら書くが)新劇の養成所に所属して舞台俳優を目指していた僕が狭量だったのだろう。
どの映画に出ても、マクドーマンドはアメリカ南部のドラッグストアかスーパーのレジにいそうな普通のおばちゃんだ。それは『ノマドランド』も同じ。愛嬌はほぼない。ほとんど笑わないし、口数も少ない。いつも不機嫌そうだ。
そのマクドーマンド演じるミルドレッドが、警察への不満を3枚のビルボード(広告板)で訴えることから『スリー・ビルボード』は始まる。それぞれに書かれた文言は「レイプされて殺された」「犯人逮捕はまだ?」「なぜ? ウィロビー署長」。
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