前編に続いて、沖縄県名護市辺野古沖の小型船転覆事故で亡くなった同志社国際高校2年、武石知華さんの両親が、失われた娘の未来と事故の真相究明、そして沖縄への想いをインタビューで語る。(聞き手はノンフィクションライターの石戸諭)
──記者会見ではお父様は4層の止められる機会、つまり「第一に下見をして止める。第二に止めないのであれば危険性を踏まえて、安全面の打ち合わせをする。第三に安全性に配慮した十分な計画を立てる。第四に教員が一緒に乗り、引率の責任を果たし、結果を正確に報告する」を訴えていました。
武石知華さんの父 素朴な感情として、私なりに考えていたことでした。告訴の内容ともそれほど差がないものと思います。また、刑事告訴はできれば7月までに終えたいと考えていました。もし7月に受理までいけば、家宅捜索等々で動くとしても生徒がもともといない夏休みの間になると考えたからです。これに間に合わせてくれました。
唐澤弁護士から告訴状が書けたという連絡を受けたのが6月末か7月あたまだったと記憶しています。私たちも読んでもわかりませんから、説明を受けましたが、専門的な知見をすぐに理解するのは難しいですよね。あくまで素人考えですが11人を告訴して、受理というのはかなり難航するかもしれないと想定していましたが、現実の展開は想定以上に早かったです。
告訴状の受理という連絡があったのが7月13日でほっとして、少しずつ告訴状の論理構成の理解を深めていきました。そうこうしている間、7月25日に海保が同志社国際を家宅捜索し、その後に各社から続々と報道が流れてきました。捜査なので当然ですが、私たちに事前の連絡などありません。なので、えっこんなに早いのと驚きました。
私たちも刑事告訴のタイミングで記者会見をしたいという意向は持っていたのですが、いつになるのかというのは捜査次第だねと話していたのです。報道が流れてからすぐに唐澤弁護士から「ご希望にあった記者会見をセッティングします」という連絡を受けて、ようやく臨んだのが7月30日でした。