忙しくなると、好きなだけ本を読めなくなる。時間が空いても、仕事や会議、電子メールでの連絡、家事、締め切りが次々に追いかけてくる。私にとって「生息地」の1つである書店の店内で、読む時間がないと知りながら、読みたい書籍の数々を眺めているのは本当にもどかしい。
慰めとして、気になる本はとにかく購入してためておき、読書ができる日を楽しみに待つことにしている。この行動には、不思議な満足感がある。本を積み上げて、部屋を散らかしているだけ? いや、日本語にはもっと美しい表現がある。「積読(つんどく)」だ。
実のところ、積読は時間不足やだらしなさの表れどころか、脳と期待の関係について驚くほど重要な事実を示している可能性がある。
楽しさや新たな発見を期待できる何かと出合うと、脳の報酬系が活性化する。その仕組みに関わる神経伝達物質ドーパミンは、「快楽ホルモン」と呼ばれがちだが、それほど単純なものではない。
ドーパミンの主要な役割の1つは、追求する価値のある機会を脳が特定する手助けをすること。有益なことが起きた後だけでなく、脳はしばしば「その前」にも報酬感を生み出し、利益をもたらす可能性が高い行為を促している。
つまり、ドーパミンは報酬そのものだけでなく、報酬への期待にも反応する。楽しい体験を予想すれば、体験が実現するずっと前から、報酬系の回路が活性化される。
記憶を基に「予行演習」
まだ読んでいない本が、まさにいい例だ。何週間も何カ月も閉じられたままでも、脳は既に潜在的価値を認識し、最初のページを開く前からその可能性を楽しんでいる。
記憶をつかさどる海馬も重要な役割を果たす。海馬は体験した出来事を再構築するのと同様に、これから起こる体験を作り上げることができる。
夏休みや列車旅行中に、あるいは雨の日にソファで丸くなって待望の読書をする自分を思い描けば、まだ現実化していないその体験を、海馬が組み立て始める。脳は過去の記憶を材料に、これから訪れる喜びの予行演習をしている。
この能力は、考えているよりはるかに重要かもしれない。心理学者の間では、期待はウェルビーイングに貢献するとの認識が広がっている。楽しい体験を心待ちにすることは気分や意欲を高め、日常のストレスに対する緩衝材として機能してくれる。
だからこそ、積読の山に感じる気持ちは、たまった未返信のメールの場合とは大違いなのだろう。どちらも「まだしていないこと」でも、脳の解釈が異なる。未返信のメールは将来的な義務だが、未読の書籍は将来的な報酬だ。
オンラインではなく現実の書店にいるとき、期待感などの感情がより強くなるのも、おそらく偶然ではない。体を使って本を見て回れば、脳との関わりがより全体的になり、五感や空間認知、報酬系を刺激して、より豊かで記憶に残る発見体験になる。
読むのはずっと先でも、本と出合っただけで既に快楽との結び付きは始まっている。まだ起きていない体験から喜びを引き出す──積読は、脳の最も驚異的な能力の1つを反映しているのかもしれない。
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Michelle Spear, Professor of Anatomy,University of Bristol
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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