でも、ついに夢がかなった。2月9日、女の赤ちゃんが生まれたのだ。そう、女の子! ここの社会では、第1子には男の子を望む家庭が多い。男の子なら金を稼いでくれるし、ファミリーネームを残せると考えるからだ。でも私は最高に満足だった。これで女の子に、どんな社会でも女性に与えられるべきもの、つまり自分の潜在能力を最大限に伸ばすチャンスを与えてやれると思った。けっして簡単じゃないと、知ってはいるけれど。

父はよく、おまえにはファミリーネームのシュラブを継ぐ資格がないと言っていた。だから夫のモハンメドが、長女をオルジワンと名づけようと言ってくれたときはうれしかった。だってそれは彼が私を本当に愛していて、私を人生の伴侶としたことに満足している証拠だったから。

娘に自分と同じ名前をつけることには別な意味もあった。一種のカタルシスと言えるだろう。新しいオルジワン、私とは違う人生を歩むオルジワンが生まれたのだ。いつも父親が誇りに思ってくれる女の子、自分はファミリーネームなんかより大切な存在だと知っている子だ!

外の人は知らないだろうが、ガザの社会は昔ながらの住民か「難民」かによって分断されている(「昔ながらの住民」は先祖代々ガザ地区に住んでいる人たち、「難民」は1948年のイスラエル建国時に故郷を追われてガザに移ってきた人たち)。どっちだって気にしない人もいれば、父のように難民を見下す人もいる。誰かの名前を聞いたとき、父が真っ先に言うのは「そいつはガザ人だな。よし!」か「そいつは難民か。ろくでなしめ!」だった。

父が私をできそこないだと断言した理由
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