「ガザのようだった」

カラカスを拠点とするジャーナリスト、トニー・フランジー・マワドは、揺れが始まったとき、エレベーターの中に閉じ込められていた。

「エレベーターは左右に本当に激しく揺れ始め、ものすごい速さで下がった」と本誌に語った。扉がようやく建物の地下2階で開くと、彼とほかの2人は駐車場へ走り出し、頭上で建物が揺れるのを見た。

市内全域で携帯電話の通信が途絶えていくなか、住民たちは見つけられる限りのWi-Fi電波の周囲に集まった。フランジー・マワドは、最初の報告を目にし始めた。北部の地区で建物が倒れ、壁が剥がれ落ち、建物全体が押しつぶされていた。

「そのとき、ただの小さな揺れではないと分かった……カラカスで地震によって建物が崩壊したのは、1967年以来なかった」

子どもたちと映画館にいた彼の姉妹は、外壁がはぎ取られ、塔のような建物が裂けている様子を映した動画を撮影していた。ラグアイラからの映像が出回り始めると、その規模は否定しようがなくなった。

「ガザのようだった……戦場だった」

被害の全容はなお不明であるが、初期の公開情報に基づく集計では、数万人が行方不明になっている可能性が示されており、その多くは沿岸部の州の住民だという。

フランジー・マワドは「ベネズエラにとって重大な自然災害になるとみている」と述べた。その本当の規模は、ようやく明らかになり始めたばかりだ。

すでに危機にあるベネズエラが直面する、新たな試練
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