中国の対外開放を推進する重要な玄関口
92年に鄧の「南巡講話」を経て改革派が再び主導権を握る頃には、党幹部の関心は上海に移っていた。海南島はその後、不動産バブルとその崩壊を繰り返しながら停滞を続けた。
自由貿易港構想の復活によって、改革派指導者の夢の一部はついに実現に向かいつつあるのかもしれない。しかも台湾は今、強硬な中国と予測不能なアメリカの間で揺れ動いている。
昨年11月に台湾の最大野党・国民党の主席に就任した鄭チョン・リーウェン麗文は、台湾海峡をめぐる10年に及ぶ冷え込みを和らげようと、今年4月に訪中して習シ ー・チン近平ピ ン国家主席と会談した。
多くの台湾人にとって、「一国二制度」は2019〜20年の香港民主化デモとその後の弾圧によって信頼を失った。その意味で海南島を自由貿易圏にする実験は、改革開放期の官僚や知識人たちが長年唱えてきた可能性を再び浮上させる。
ただしそれは、自由貿易港計画によって海南島を中国本土の「香港」のような存在にするという構想が実現できた場合に限られる。改革派は、その実現時期を2040年頃と見込んでいた。
現在の中国指導部は、海南自由貿易港と台湾統一を明確に結び付けてはいない。だが習は海南自由貿易港を「画期的なプロジェクト」と呼び、「中国の対外開放を推進する重要な玄関口」と位置付けている。この表現は、海南島開発の根底に存在し続ける台湾問題を意識した発想を受け継ぐものだ。
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