4月8日のレバノンの昼下がりは、悪夢のようだった。
春の日差しの中で咲き誇る黄色い野の花は、一瞬にして地獄絵図の背景へと変わる。空気ごと地上の生物を押しつぶしてくるかのような不気味な低い轟音が頭上に響き、その直後、近くで雷のような爆発音がした。間髪入れず、次の戦闘機の音と爆発音、さらにその次と何度も繰り返される。
音から与えられる恐怖に心臓が激しく鼓動し、足の震えを抑えながら、炊き出し準備をする人たちの取材をしていたガレージの奥へと後ずさる。改めてカメラを手に持ち震える指で撮影ボタンを押そうとする。ついさっきまで美しく波打っていた目の前の緑の稜線は、いくつもの白い煙の塊に覆われていた。
その日のレバノン時間の早朝、アメリカとイランの間で停戦合意が結ばれる予定だと報じられていた。そして直後、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、この合意から「レバノンは除外される」と発言したことも伝えられていた。
イスラエルとレバノンのシーア派政治・武装組織ヒズボラが3月2日に戦闘を始めたその約10日後から、1カ月にわたってレバノンで取材を続けていた。
これまでにイスラエル軍の攻撃で2000人以上の死者が出ていたが、レバノンでは何が起きているのか、ヒズボラとはどういった存在なのかを取材することが目的だった。
首都ベイルートから激しい攻撃を受ける南部ナバティーエ市へ向かう車中で、取材仲間とこんな会話を交わしていた。
「停戦の話が進んでいるなら、『レバノンは除外される』とネタニヤフが言っていたとしても、今日は攻撃を様子見にするかもしれない」
「いや、前回も停戦合意が決まりそうになるとイスラエル軍の攻撃は激しさを増したから、さらにひどくなるかもしれない」