<まるで年明けからの米イラン緊迫化を暗示するかのよう。宗教は「生きる支え」になるが、その一方で......。世界各地でジョークを収集してきたノンフィクション作家、早坂隆氏によるジョーク・コラム第3回>
【火災】
世界のさまざまな宗教の聖職者が一堂に集まり、共に新年を祝っていた。しかし、その会場で突然、火災が発生してしまった。
キリスト教の神父は、胸の前で十字を切り、聖書を朗読した。
イスラム教の指導者は、メッカの方角を向き、「アッラー」へ祈りを捧ささげた。
仏教の住職は、「火災など存在しない」として座り続けた。
すると、その場に居合わせた少年が、消火器を手に取って火を消した。
そもそも西暦2020年は、イスラム暦では1441~42年、仏暦では2563年もしくは64年、日本の皇紀で言えば2680年に当たる。暦とて一様ではない。
太陰暦であるイスラム暦では、太陽暦よりも1年が毎年10~12日ずつ短くなっていくため、新年を迎える時期が西暦とは異なる。イスラム教ではもともと飲酒が禁じられているが、年越しの時期にはより強く戒められる。お酒と共に新年の到来を祝う欧米や日本とは違い、総じて落ち着いた年明けとなる。
片や日本では、キリスト教圏以上にクリスマスを楽しみ、その翌週には神社に初詣に行くという、世界から見れば型破りで摩訶不思議な光景が毎年繰り広げられる。
日本人は無宗教あるいは多宗教? 否、ただの変人か?
信仰が「生きる支え」になるのは事実だが、宗教や民族の違いが泥沼の衝突の火種となってきたのも、世界史の哀しき軌跡の1つ。
旧ユーゴスラビア連邦の構成国の1つであったボスニア・ヘルツェゴビナは、内戦によって多大な犠牲者を生んだ国。セルビア系住民、クロアチア系住民、ムスリム系住民の間で勃発した三つ巴(どもえ)の戦いにより、首都のサラエボだけで1万人以上、全土で実に約20万人もの死者が出た。
内戦終結後のサラエボを訪問した際の話である。私がまず驚いたのは、セルビア正教会とクロアチア系のカトリック教会とイスラム教のモスクが、目と鼻の先に立ち並んでいることであった。歴史的には互いに折り合いをつけながら、共存関係を築いてきた証しであろう。