コラム

効き目がなかった米国の対中サイバー交渉戦術

2015年11月30日(月)16時05分

9月の米中首脳会談で、中国はサイバー攻撃をしないと合意したはずなのだが・・。REUTERS/Mike Theile

 2015年9月の米中首脳会談で中国がサイバー攻撃をしないと合意した直後、米国のインテリジェンス・コミュニティを束ねるジェームズ・クラッパー国家情報長官は、「合意が守られる見通しはない」と議会上院の軍事委員会の公聴会で証言していた。

 実際、首脳会談後も中国から米国へのサイバー攻撃は止まるどころか、むしろ増えているという報道もある。

 2013年2月の米国マンディアント社の報告書で人民解放軍の61398部隊が名指しされた。2014年6月のカリフォルニアでの米中首脳会談ではバラク・オバマ米大統領が中国の習近平国家主席に直接懸念をぶつけた。2014年5月には米国司法省が5人の中国人民解放軍の軍人たちを指名手配し、被疑者不在のまま起訴すると発表した。その後も、米国の官と民による中国名指しが続き、2015年9月の米中首脳会談では経済制裁が行われるのではないかという見通しも出ていた。

名指しと恥さらし

 こうした米国の戦術は「名指しと恥さらし(Name and Shame)」といわれている。メンツを重んじる中国社会ではこれは十分に効き目があると見られていた。米中首脳会談のような注目される場面において不正な行いをしていると面と向かっていわれれば、さすがに中国も対応をとるのではないかというのが米国側の希望的観測だった。

 ところが、中国側はほとんど意に介さなかった。首脳会談ではこれまでの原則を繰り返し、2015年9月の首脳会談では口頭では合意したものの、文書に残すことは拒否した。米国側に不満は残り、両首脳の共同記者会見は友好的な雰囲気にはならなかった。それでも、米国側にとっては言質を取ったという点では一応の勝利だった。

 しかし、中国国内ではこうした合意は報道されず、習主席の米国訪問が成功に終わったという論調の報道ばかりになった。無論、中国のインターネット利用者の多くも国外の報道を目にしており、中国政府の一方的な報道が必ずしもバランスのとれたものでないことは気づいている。それでも、多くの人は習主席のメンツが失われたとは思っていない。

話と盗み

 こうした事態の推移を見て、中国側の戦術は「話と盗み(Talk and Take)」に他ならないという怒りの声が米国から出てきている。対話を続ける振りをしながら、その間にどんどん米国の知的財産を奪っているという声である。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GDPギャップ、25年4―6月期は需要超2兆円=内

ビジネス

午後3時のドルはドル147円付近、売り材料重なる 

ワールド

ロシア、200以上の施設でウクライナの子どもを再教

ワールド

アングル:米保守活動家の銃撃事件、トランプ氏が情報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story