最新記事
クーデター

「次世代のスー・チー」が語る本家スー・チーの価値と少数民族乱立国家ミャンマーの未来

2023年11月2日(木)17時54分
林毅

曖昧な地帯に暮らす流浪の民たち

タイ警察の中でこの街への赴任がいちばん人気なのは、こづかいに困れば適当に街を出て歩いているミャンマー人に「声をかけ」れば、いくらでも収入になるからだ、という陰口も聞いた(かといって実際は警察官を見かける機会は非常に少なかったが)。以前は歩いて越える人も多かったと言われる細い川でしか隔てられていないこの街の人口は、ミャンマーを脱出した人の増加によって40%以上も増えたともいわれる。

ミャンマーには135の少数民族がいるとされる。この街に逃げ込んだ人々もまた多様で、元々その地域に多いカレン族やタイ人(タイ族)だけではなく、最大勢力のビルマ族、地図上は真逆のミャンマー西側に位置するラカイン州から逃げてきたロヒンギャ族など、田舎であるにも関わらず街を歩いて見かける人種の幅が非常に広い。それぞれ信じる宗教も違い、モスクと寺院と教会とが狭い街中にいくつも見られる。れっきとしたタイ領内であるにもかかわらずミャンマー語の看板も多く、飲食店の店員の中にはタイ語がわからない人さえおり、時にここがタイなのかミャンマーなのかが曖昧になる。

とはいえ、彼らは夜闇に紛れてこの街に来さえすれば自由になれるわけではない。タイには通称無国籍証(または山岳民族証)という無国籍者向けの10年有効な身分証制度があり、ミャンマー人はこれか、より取得しやすいが1年毎に更新が必要な通称ピンクカードを申請することが多い。しかしどちらにせよ他地域への旅行や就労は事前申告制で厳しく制限され、結局街から外に出ることは非常に難しい。シュンレイ・イーはこれを利用してタイ国内でのイベントやワークショップに参加していると語っていたが、それは彼女の知名度が為せる技だろう。

Linyi02_231102.jpg

Linyi


ミャンマーとの主要な接点のひとつであることも手伝って、街の規模にしては外国人の姿も目立つ。NGOが建てた現地の病院には韓国人の医師がおり、亡命ミャンマー人を支援するNGOでは英国人が働いていた。ある晩夕食の列に並んでいた時に横にいたのはパキスタン人で、なんと日本にいる親族から中古車を仕入れ、ミャンマー国内の顧客に売っているという。前述のマフィアが拠点に向かう中継地点でもあるので中国人も多く、マッチングアプリで男性を探すとそうした怪しい雰囲気の人ばかりが出てくる。ちなみにこの詐欺の拠点のエピソードは中国で映画化され一気に有名になり、コロナ前に年間1000万人以上いた訪タイ中国人観光客が今年1/4にまで落ち込んだ原因のひとつにもなったといわれる。真っ当な中国資本も周辺で開発を行っており、そこでは多くのインド人が働く。多様な外国人が流入するこの田舎の小さな街は、国に戻ることもできない彼らにとっては世界のすべてなのだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相、「進撃の巨人」引用し投資アピール サウジ

ビジネス

中国の住宅価格、新築は上昇加速 中古は下落=民間調

ワールド

ベネズエラ国会、米軍の船舶攻撃を調査へ 特別委設置

ワールド

イスラエルの攻撃による死者数、7万人突破=ガザ保健
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批判殺到...「悪意あるパクリ」か「言いがかり」か
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中