最新記事
言論

現在の論壇はイデオロギーから脱却しすぎて著者の顔が見えなくなっている

2021年8月4日(水)12時00分
猪木武徳(大阪大学名誉教授)※「アステイオン」ウェブサイトより転載

「カムイ伝」が掲載されていた雑誌『ガロ』の漫画のドラマとリアルな描写からそれとなく滲み出る「イデオロギー」に魅せられた大学生は多かった。やはり若者は無意識のうちに漫画の中からも、「イデオロギー」や思想性を求め、読み取ろうとしていたのではなかろうか。

つまり、読者、特に若くて知的関心の強いものは、客観的な事実や理論分析だけではなく、形而上学的な解釈を求め、書き手の想像力に期待するものだ(筆者の場合は、宗教には関心があったが、唯物論的なイデオロギーに興味はなかった。白土三平の『忍者武芸帳』よりも、イデオロギー色の全くない奇抜な発想の山田風太郎の忍者物が断然面白かったことを憶えている)。

いずれにしても、読者は、良質な形を取ったものであれば、宗教・思想あるいはイデオロギーに関連する問題に強い関心を持つものだと改めて感じる。

ところが、現代の論壇の特徴を一言で言うと、イデオロギーからの脱却を意識し過ぎて、政治や経済、国際関係の「科学的分析」を強調することにある。だが、この「科学的な」スタイルの学術的な論考に読者は親しみを覚えないのではないか。

とは言え、わたしは決してデータや資料を軽視していいとか、論理的な推論が無くてもいいと言っているのではない。情報の丁寧な分析や理論化の背後に、「想像力を働かせつつ主張する著者の顔」を読み取りたいのだ。実証性を重んじるあまり、「クセ」がなくなってはいないか。なにか学会向け論文のようになってはいないだろうか。

もちろん、単なるエッセイではなく、信頼できる情報に基づく論考でなければならないのだが、そこに何らかの筆者固有の新しい主張がほしい。

論壇誌の中には、イデオロギーや主張が強すぎ、内容が読む前に予想できるようなものもある。そういう論考は別にして、政治、社会、文化を論じた文章が、イデオロギー中立的、無色透明ということはあり得ない。考えや主張が著者の顔とともに浮かび上がるような「押しの強い」書き手が現れるのを期待したい。

例えば、『アステイオン』(2021・094)の北岡伸一「西太平洋連合を構想する」は、米国、中国ぬきの、日本、東南アジア諸国、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋島嶼国などの緩やかな連合体の可能性をかなり具体的に論じており、今後議論を呼ぶような興味深い提唱だ。これはわたしの言う「想像し主張する著者の顔が見える」論文だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中