最新記事

北朝鮮

金正恩、トランプ、文在寅それぞれの「レッドライン」

2017年9月5日(火)18時47分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

KCNA via REUTERS

<北朝鮮は水爆実験に「成功した」と発表。韓国が北朝鮮のレッドライン(越えてはならない一線)を明らかにした一方、アメリカはどこがレッドラインかを明言していないが>

北朝鮮の核兵器研究所は、3日の核実験後に発表した声明で、次のように強調した。

「大陸間弾道ロケット装着用水爆の実験での完全な成功は、(中略)国家核戦力完成の完結段階の目標を達成するうえで非常に有意義な契機となる」

なんだかわかりにくい言い方だが、要するに「もうほとんど完成した」ということだ。

「金正恩を狙え」

一方、韓国政府はメディアに対し、関係者コメントという非公式な形ではあるが、「まだ完成段階にはない」との見解を流している。北朝鮮は核弾頭の小型化やミサイルの大気圏への再突入技術に課題を残しているから、というのがその理由である。

一応、筋の通った話ではあるが、1990年代の朝鮮半島核危機を知る者にとっては、いささか滑稽さを感じさせる構図と言わざるを得ない。

当時、北朝鮮は「核兵器を開発する意思も能力もない」と言い張り、それを「嘘だ」と追及したのが米国であり韓国であり日本だった。それが今や、「もう出来た」とする北朝鮮の主張を韓国側が「嘘だ」と否定するという、真逆の構図になってしまったのだ。

今の韓国には、そうせざるを得ない理由がある。文在寅大統領が北朝鮮の「レッドライン(越えてはならない一線)」について、「北がICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成させ、これに核弾頭を搭載して兵器とすること」であるとの認識を明らかにしてしまったからだ。

レッドラインというからには、それを越えたことを相手に後悔させる強力な対応をしなければならない。

では、それはどのような対応か。普通の感覚で言えば軍事攻撃である。実際、2015年8月の「地雷事件」に端を発した緊張激化においては、「それもあり得る」と感じさせる空気が流れた。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士...北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

しかし、北朝鮮の核兵器開発が格段に進んでしまった今、軍事攻撃に伴うリスクは比べようもなく大きくなっている。それでも、一度「これがレッドラインだ」と言った手前、それを越えてきた相手を黙って見ているようでは、大統領は務まらない。

つまり、文氏は北朝鮮のレッドラインを引いたつもりが、自分にも同じレッドラインを引いてしまったのだ。それを越えたくないから、北朝鮮にICBMを完成してもらっては困るのである。

これと同じことは、米国についても言える。トランプ大統領はレッドラインという言葉を使いながら、それが何かを明言しないだけ賢いと言えるかもしれない。軍事攻撃は相手が油断しているときに、奇襲として行うのが最も効果が大きいからだ。

しかしそれにしても、北朝鮮がいまだトランプ氏が引いたレッドラインを越えていないのだとしたら、米国もずいぶん押し込まれたものだと思わざるを得ない。90年代の核危機において当時のクリントン政権は、北朝鮮がプルトニウム抽出に動いたというだけで空爆を検討した。それと比べれば、トランプ氏のレッドラインはずいぶんと寛大に思える。

結局、北朝鮮から「核の反撃」を受けるリスクがある以上、軍事攻撃に踏み切る勇気など誰にも持てないのだ。また、北朝鮮が核爆弾を何個持っているかさえわからない状況では、「核の反撃」のリスクをゼロにする軍事作戦も立案できない。

それでも、金正恩党委員長が何をしても安泰だと言うわけではない。米韓は、軍事手段によって北の核の脅威を取り除く唯一の可能性として、正恩氏の殺害を狙う方向に傾いていく可能性が高いからだ。

もっとも、正恩氏とてそのくらいのことは分かっている。今後、朝鮮半島情勢の行く末を占う上で、「正恩氏の身辺」はいっそう重要な意味を帯びてくると思われる。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

不明兵捜索、時間との戦い イランの猛攻耐えた米軍救

ワールド

トランプ氏、イランに合意期限「6日」 米戦闘機乗員

ワールド

米、イランで不明の戦闘機乗員救出 トランプ氏「史上

ワールド

イラク南部の巨大油田に攻撃、3人負傷 イラン国境に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 2
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙の2大テーマでAI懸念を払拭できるか
  • 3
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「攻撃的知能」を解剖する
  • 4
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 5
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 6
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 7
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 8
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 9
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 10
    イタリアに安定をもたらしたメローニが国民投票で敗…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 7
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 8
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 9
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 10
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中