最新記事

中国

人民元改革「逆行」の背景 なぜ中国の経済政策は風見鶏的なのか

2017年7月10日(月)17時30分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

現代日本人の感覚からすると国内の通貨が統一されていることは当たり前のように感じるが、中国において統一の歴史はそう簡単なものではなかった。1949年の中華人民共和国成立後も、中国国民党による偽札流通工作もあれば、食糧券など人民元以外の配給券制や外貨兌換券との両立もあった。さらに1980年代になっても、広東省限定の通貨を作ったところ、人民元をしのぐ勢いで流通、慌てて廃止するという騒動もあった。

「通貨はコミュニティのあり方を象徴します。巨大な中国社会においては常にバラバラな方向へと向かう遠心力が働いています。その遠心力と綱引きして、いかに統一を実現するかは現在にいたるまでの課題なのではないでしょうか」と吉岡さんは分析する。

2016年に中国マネーがビットコインに殺到した理由

「統治者からみれば、ほうっておけば拡散するエネルギーが充満する社会であるからこそ、集権を強める。お金の流れについても、同じことが言える。それぞれの欲望を背負って、国境や法律もひょいと超えてしまう。油断すると、中国共産党の手の及ばないところへ逃げ出してしまう。通貨が国際化するということは、人々の夢や欲望が、国家が主権で仕切る秩序をときに打ち破ってしまうことを認め、許すことでもある。」(同書387ページ)

国際社会での存在感を高めるために人民元の透明性や交換の利便性を高めれば、遠心力が働いてコントロール不可能となってしまう。かといって規制を強めれば人民元を国際的な主要通貨にすることは難しい。相反する課題の中で慎重な判断が必要となる。

手綱を締めたり緩めたりしながら遠心力と求心力のバランスを取る。それが度重なる「変調」の背景なのだろう。

遠心力と求心力の狭間で揺れる人民元の物語だが、『人民元の興亡』最終章では新たなステージが予告されている。それはビットコインをはじめとする仮想通貨だ。

2016年、中国マネーはビットコインに殺到した。世界の取引額の9割以上は中国の投資家によるものだったという。中央銀行がなく、国家の統制を受けないビットコインは遠心力が最大限に働く通貨であり、中国人投資家は投機の手段としてめいっぱい稼ぐだけでなく、自由な資産移動を実現させるツールとして注目した。

国家によるコントロールを揺るがしかねない仮想通貨だが、今や世界の中央銀行の中でも最も熱心に研究しているひとつが中国人民銀行だという。「制御不能な勝手なものが民間から生まれる前に、自分たちが管制高地を握ってしまおう、と。あわよくば、世界的にも先行し、標準を握りたい」(385ページ)という狙いだと吉岡さんは言う。

仮想通貨を恐れつつも、仮想通貨の分野で先行することで人民元の価値を高めたい。新たなテクノロジーの舞台でも綱引きは続きそうだ。

【参考記事】中国シェア自転車「悪名高きマナー問題」が消えた理由

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝 』(星海社新書)。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過激な言葉が政治的暴力を助長、米国民の3分の2が懸

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、7月は前月比で増加に転じる

ワールド

中国、南シナ海でフィリピン船に放水砲

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中