最新記事

ヨーロッパ

新しい対ロ政策はマクロン仏大統領が拓く

2017年7月6日(木)18時40分
ファブリス・ポシェル(米大西洋評議会ブレント・スコウクロフト国際安全保障研究センターの上級研究員)

第1に、マクロンはシリアの安定化にはバシャル・アサド政権の退陣を求めないと示唆。シリアが破綻国家に陥るのを防ぎ、テロ組織と戦うことを優先したいと付け加えた。これには少なからぬ専門家が困惑した。人道的にも治安上も経済的にも、シリアはどう見ても、すでに破綻しているからだ。マクロンは、フランスにはシリアにおけるロシアの利益を尊重する意思がある、というサインをロシアに送ろうとしたのかもしれない。

第2に、フランス軍を国外に派遣しても政治的な解決につながらない、危機を解決するには武力行使より外交を優先すべきだと、大統領選挙中からの発言を繰り返した。

化学兵器使用などフランスにとっての「レッドライン(越えてはならない一線)」は示しつつも、、政権初期の外交方針は控えめで現実的なものだった。経済政策やEU政策では変化の起爆剤であるマクロンが、外交政策はかなり保守的なのが面白い。

ではマクロンの世界観の中で、ロシアはどのような位置を占めるのか。それにはマクロンらしい、洗練された複雑なロジックが存在する。マクロンのロシアに関する計算は、以下の3点に立脚しているようだ。

アメリカは頼りにならない

第1に、ロシアに対してアメリカがどんな政策を取るのかが、もはや予測不可能になった。トランプ政権下のアメリカはもうあてにできない。ドナルド・トランプ米大統領自身はロシアと関係を修復したがっていたとしても、ロシア疑惑で特別検察官による捜査が進み、米議会がウクライナ紛争の経済制裁でロシアへの圧力を強める中、トランプが対ロ政策を思い通りに操れる余地はほとんどない。

対ロシア政策では米政府から相反するシグナルが出てくるが、全体を通してみればさほど変化がない、という状態が今後しばらく続くだろう。ということは、今後ヨーロッパは一人でロシアと対峙することを意味する。

第2に、この3年ロシアへの強硬姿勢を貫いてきたメルケルもその限界に達したということだ。ミンスク合意で目立った進展がないため、連立政党やドイツ経済界からロシアへの経済制裁を緩和するよう圧力を受けているのだ。

第3に、マクロンは外交や安全保障政策の経験がないが、5月に開かれたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議での見事な外交デビューを見ても、飲み込みが速く出来る男だということは間違いない。

フランス国内の改革の延長線上にあるEU政策以外で、マクロンが安全保障と外交政策の優先事項に掲げるのは、不安定な中東地域と北アフリカの情勢だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中