最新記事

イギリス

弱者のために生き、憎悪に殺されたジョー・コックス

2016年6月17日(金)16時25分
モリー・オトゥール

Stefan Wermuth-REUTERS

<EU離脱の是非を問う国民投票を来週に控え、イギリスを二分する論争に犠牲者が出てしまったのか? 公私ともにエネルギッシュで希望に満ちていた女性議員の生き方>

 英最大野党・労働党の女性下院議員で、人道支援や国際問題への熱心な取り組みで知られるジョー・コックスが16日、イングランド北部にある自分の選挙区で男に銃撃され死亡した。

 1990年に北アイルランドのテロ組織IRA(アイルランド共和軍)が車に仕掛けた爆弾で保守党議員が殺害されて以来、イギリスで国会議員が暗殺されたのは今回が初めて。直近では2010年に労働党の議員が刃物で腹部を刺され重傷を負う事件があった。2003年のイラク戦争を支持したことを恨みに思ったイスラム過激派の学生の犯行だった。

 コックスは、昨年12月に英議会がテロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)を標的にしたシリア空爆の是非を問う採決を行った際、棄権した。シリア内戦に倫理的解決をもたらす軍事行動として、空爆はふさわしくないとの判断だった。

【参考記事】英議会がIS空爆を承認、反対派は「テロリストのシンパ」か

 今年5月の寄稿で、シリア内戦をめぐる英米両政府の対応を「大失敗の外交政策」と批判。「オバマ米大統領もキャメロン英首相も、シリアに危害を加えるつもりではないはずだ。だが昔から言われるように、善良な人々が何もせずに見ていれば、悪に勝たせることになる」

 政治家になる前は、貧困のない世界を目指す国際協力団体、英オックスファムの慈善活動に携わり、乳児死亡率の低下や現代の奴隷撲滅に向けた取り組みにも関わっていた。

 コックスはEU残留派で、先週もツイッターで「移民問題に関する懸念はもっともだが、それがEUを離脱する理由にはならない」と呼び掛けていた。

【参考記事】イギリス離脱を止められるか、EU「譲歩」案の中身

悔いはないはず

 夫のブレンダン・コックスは事件を受けて声明を発表。彼女は彼女自身の死によって英国が分断されることを望んでいなかったとしたうえで、次のように述べた。

「彼女が今生きていれば、二つのことを願っているはずだ。一つは2人の子どもたちにいっぱいの愛情がそそがれること。もう一つは、彼女の命を奪った憎悪と戦うために、我々が団結することだ。憎しみは害悪しかもたらさず、そこには信念も人種も宗教もない。これまでの人生に悔いはないはずだ。一日一日を精一杯、生きてきたから」

 報道によると、コックスはイングランド北部バーストールにある図書館で地元有権者との集会を準備中、口論を始めた男たちの仲裁に入ったところを、一人の男に拳銃で撃たれた。逮捕された52歳の男は、さらにコックスを撃って刃物で刺しながら「ブリテン・ファースト(英国第一)」と複数回叫んでいたと目撃者は証言する。コックスは病院に運ばれたが、約1時間後に死亡が確認された。
 
 英警察当局は単独犯と見ている。

From Foreign Policy Magazine

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

訂正-米ニューヨーク州司法長官を起訴、金融詐欺の疑

ワールド

イスラエルとハマス、第1段階合意文書に署名 停戦・

ビジネス

フォード、EVリース税額控除の奨励計画撤回

ワールド

イスラエル、ガザ停戦・人質合意を承認=首相府
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 5
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 9
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 10
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 1
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 8
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 9
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 10
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中