最新記事

南シナ海

旧敵国ベトナムに塩を送る武器禁輸解除の真意

2016年6月2日(木)16時00分
ショーン・クリスピン

Carlos Barria-REUTERS

<ミャンマーの民主化を成果として誇るオバマが、ベトナムでは人権問題に目をつぶって武器禁輸を解除したのは、南シナ海での対中戦略を最優先したからだ> 写真はベトナムを訪問したオバマ

 オバマ米大統領は先週ベトナムを公式訪問し、現地の市民団体のメンバーと会談した。草の根の民主化活動家と、アメリカの連帯を示す象徴的な会談だったが、会場の半分は空席だった。数時間前、招待されていた参加者のうち3人が治安当局に身柄を拘束されていたのだ。

 その前日にオバマは、長年にわたり実施してきたベトナムに対する武器禁輸措置を完全に解除する方針を表明。中国が南シナ海の係争水域において戦略的立場を強める今、武器禁輸措置はこれまでになく重くベトナムにのしかかっていた。

【参考記事】南シナ海の中国を牽制するベトナム豪華クルーズの旅

 禁輸解除によって、かつて戦火を交えた両国が「イデオロギー上の相違」を水に流すことができたとオバマは主張した。だがこれでアメリカは、アジアで最も民主化が遅れていて、最も人権侵害が横行している国の1つに見返りを与えたことになる。

 オバマが共同会見を行ったクアン国家主席はつい最近まで、民主化運動の活動家らを弾圧し、投獄している公安省の大臣を務めていた人物だ。

 なぜオバマは、ベトナムの人権問題に譲歩したのか。今回の方針転換は南シナ海において攻撃性を強めている中国への牽制、という見方をオバマ自身は否定している。だがオバマの決断には、南シナ海で安全保障上の力学が急速に変化し、アメリカの優位性が脅かされている現状が織り込まれていることは確かだ。

【参考記事】ベトナムの港に大国が熱視線「海洋アジア」が中国を黙らせる

 ベトナムは軍備の大部分をロシアに依存しているが、アメリカの監視技術と装備があれば、中国に対する抑止力を大幅に向上させられるだろう。

対タイ政策との矛盾も

 だがオバマの決断には明らかに、哨戒機などをベトナムに売り付ける以上の意図がある。今年は米大統領選が行われ、オバマはレームダック同然。イラクやアフガニスタン、シリアの紛争が一向に終結しないなかで、自らの外交政策の遺産を補強するため、アジアで功を成し遂げたがっているとの指摘もある。
「アジア回帰」「リバランス」とも呼ばれるオバマの政策は、アジアを外交政策の中軸に据えることを目指していた。

 オバマ政権は、ミャンマー(ビルマ)で進行中の軍事政権から民主政権への移行をアジア回帰の誇るべき成果としている。一方、軍事独裁政権による抑圧が続くタイについては、毎年行ってきた多国間軍事演習への米軍の参加規模を縮小するなどの対抗措置を取っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中