最新記事

性産業

カナダも売春ビジネスを合法化?

売春禁止法が売春婦の安全を脅かしている――矛盾した連邦法の是非を問う裁判で、法律無効の判決が下れば売春宿が合法になる日も近い

2011年6月20日(月)17時19分
サンドロ・コンテンタ

危険と隣り合わせ 売春合法化で安全に働けるようになると期待が高まるが(トロントでの国際エイズ会議に参加する売春婦たち、06年8月) J.P. Moczulski-Reuters

 カナダで、売春婦を標的にした連続殺人犯といえば、ロバート・ピクトンの名前があがるだろう。養豚業者のピクトンは90年代からバンクーバー郊外のダウンタウン・イーストサイド地区に姿を現し、売春婦たちにドラッグやカネを渡していた。そして彼女たちを自分の農場に連れ込み、体を切り刻んでブタの餌にしていたのだ。後に逮捕され、07年に行われた裁判では49人の女性を殺害したと自ら主張し、終身刑を下された。

 ピクトンのサディスティックな連続殺人が今、カナダで注目を集める裁判の行方に影響を及ぼしている。カナダの売春禁止法が売春婦たちの安全を脅かしているかを問う裁判だ。

 オンタリオ州の裁判所は昨秋、売春禁止法を無効とする判決を下した。連邦政府はこの判決の取り消しを求めて現在、控訴審で争っている。控訴審で判決が覆らなければ、オンタリオ州では売春宿をはじめ売春関連のあらゆる行為やビジネスが合法となる。そうなれば、同様の動きがカナダ全土に広がる日も近い。

 売春に関するカナダの現行法は、矛盾を抱えた代物だ。売春は合法だが、売春に関わるあらゆる行為は違法。たとえば売春宿は非合法で、売春のために交渉などを行うことも禁止されている。売春関連のビジネスで生計を立てたりすれば、刑務所行きだ。

 その結果、売春婦は路上で働かざるを得なくなり、運転手やボディーガードを雇うこともできない。売春婦は人目を盗んで短時間で客と交渉するため、客が危険な人物かどうか見極める余裕もないと、売春婦たちは裁判で証言していた。これでは憲法で保障された個人の身の安全を守る権利を侵害することになるとして、オンタリオ州のスーザン・ヒメル判事は法律を無効とした。

警察の偏見が事態を悪化

 原告の1人で、「SM女王様」として働く売春婦のテリー・ジーン・ベッドフォードは、裁判で自らの体験を証言。「話し尽くせないほど数多くのレイプや集団レイプの被害」を受け、野球バットで頭を殴られたり拷問を受けたこともあるという。それでも屋内で働こうとするたびに、「売春宿」を経営した、あるいは従業員として働いたと見なされ、告発された。

 売春婦に対する警官のあからさまな偏見も、リスクを高める要因となっている。バンクーバー警察とカナダ国家警察は97年時点で既に、ピクトンが相次ぐ売春婦の失踪に関係しているらしいとの情報を得ていた。同年、彼は殺人未遂罪で起訴されたが、被害者の売春婦がドラッグ常用者で証言が「信用できない」として取り下げられた。

 99年には、ピクトンが農場の冷蔵庫に人肉を入れているとの垂れ込みもあった。だがピクトンが警察の尋問を受けたのは2000年になってから。ピクトンは農場の家宅捜索も承諾したが、警察は実行しなかった。

 連邦政府は、売春にかかわる男性を取り締まることで売春自体を抑制しようとしていると主張している。しかし今のところ、オンタリオ州控訴審の判事たちの共感は得られていないようだ。売春宿やボディーガードを雇うことを禁じた法律が、売春婦を危険にさらしていることは「自明の理」だと、デービッド・ドアティー判事は語っている。

 ドイツやニュージーランドなど、売春や売春宿が合法化されている国もある。オンタリオでの反応を見る限り、カナダがこうした国の仲間入りをする日は近いかもしれない。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ、ロシア産ガス契約を1年延長 対米投資も検討

ワールド

米国がAUKUS審査結果提示、豪国防相「米は全面的

ワールド

アングル:大火災後でも立法会選挙を強行する香港政府

ビジネス

リオ・ティント、コスト削減・生産性向上計画の概要を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中