最新記事

健康

女版バイアグラは必要なし

製薬業界は女性の性感を高める新薬開発に熱心だが、女性の「性的機能不全」なんてでっち上げにすぎない

2010年7月16日(金)12時42分
バーバラ・カントロウィッツ(本誌コラムニスト)、パット・ウィンガート(ワシントン支局)

 リズ・キャナーのドキュメンタリー映画『オーガズム・インク』に登場するシャーレッタは、目を背けたくなるほど気の毒だ。

 いま60代の彼女の悩みは、夫との性行為でオーガズムを感じないこと。そこで脊椎に電極を埋め込んで性的快感を得る装置「オーガズマトロン」の被験者になった。ところが、スイッチを入れても左脚がピクピク動くだけだった。

 装置を外したシャーレッタが、キャナーに嘆く。「私って、異常なだけじゃなく病気なのね」

 しかし彼女は、ほかの方法ならオーガズムを得られるという。ならば、とキャナーは言った。あなたは少しも異常じゃない、女の10人に7人は性交じゃ「感じない」のだから、と。そう聞いたシャーレッタは笑顔になり、じゃあ今のままでいいのね、と納得する。こんなふうに堂々と言える女性が多ければ、映画の完成までに10年もかからずに済んだろうに。

 5月27日にニューヨークで初上映された『オーガズム・インク』は、「女性版バイアグラ」の開発に躍起の製薬業界に対する反撃だ。この映画を撮ることになったきっかけは、女性向けの「快感クリーム」の開発過程で使うエロチックなビデオの制作を、製薬会社ビブスから依頼されたことだった。

 ビブスは男の尿道に薬を入れて勃起力を高める薬「ミューズ」で成功した企業。しかし98年にファイザー製薬のバイアグラが登場すると売れ行きは鈍った。そこで同社は、同じような女性向けの薬を開発しようとしていた。

 しかしキャナーは、「女性の性的機能不全症」に効く薬と聞いて不審に思った。「女性の43%がその病気だと言われた」とキャナー。「初耳だったし、何だかおかしいと思った」

 キャナーが調べてみると、「43%」というのは1994年の調査に出てくる数字で、性欲減退や性交痛など、あらゆる種類の訴えを含む数字だと分かった。

女が感じない原因は複雑

 「女の性的機能不全」は製薬会社のでっち上げだ、とキャナーは考えている。「要するにマーケティングの問題。女の『機能不全』という概念を売り込みたいだけ」

 バイアグラの大成功で、女性版の開発競争にも火が付いた。しかしファイザーは8年間の研究の末に断念し、ビブスも「快感クリーム」を諦めた。プロクター・アンド・ギャンブルの「イントリンサ」も、アメリカでは04年に承認が却下されている。それでも今は、ベーリンガー・インゲルハイム社(ドイツ)の「フリバンセリン」が米食品医薬品局(FDA)の承認を待っている。

 抗鬱剤として開発されたこの薬、鬱病には効力がなかったが、女性の性欲を高めることが判明。そのため同社は方向転換し、昨年後半に臨床試験の結果を発表した。

 それによると、約半年にわたりフリバンセリンを服用した北米の女性では、性的満足が得られるセックスの平均回数が1カ月につき2・8回から4・5回に増えたという。ただしプラシーボ(偽薬)でも3・7回に増えていたという。3・7回と4・5回。このわずかな差にどんな意味があるのか。FDAは難しい判断を迫られる。

 キャナーのドキュメンタリーに登場する女性の1人に、ニューヨーク大学医学大学院のレオノール・ティファー准教授(精神医学)がいる。彼女は、映画『オーガズム・インク』を見て触発された人たちがフリバンセリンの審査中に「ワシントンにやって来て反対行動をする」よう願っている。

 ティファーによれば、女の性的快楽の問題は単一の薬では解決できない。男の勃起不全と違って、女がセックスを楽しめない原因は身体的なものから情緒的なものまで多岐にわたるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中