最新記事

安全保障

米機テロ未遂犯を拷問してはいけない

過剰反応は逆効果。実行犯を残酷に痛めつけるような無法国家には、近親者からのテロリスト情報が集まらなくなる

2010年1月12日(火)17時41分
ファリード・ザカリア(国際版編集長)

テロは「成功」 米機爆破テロは未遂に終わったが、社会を不安に陥れる目的は達成した(イラストは1月8日、デトロイトの連邦裁判所に出廷したアブドゥルムタラブ) Kabrin-Reuters

 昨年末のクリスマスに発生した米航空機テロ未遂事件への対応に関するダイアン・フェインスタイン上院議員の言葉は、多くの人々の心境を代弁している。テロを防げるのなら「過少反応より過剰反応のほうがマシだ」と、彼女は語った。

 米政府にもそうした信念が広がっているようだが、実はこの考え方は間違っている。正しいのは、正反対のアプローチだ。

 テロの目的は過剰な反応を引き起こすこと。大勢を殺害することよりも、標的にならなかった人々に恐怖を植えつけることに真の狙いがある。

 現場にいなかった人に作用するという点で、テロは特殊な軍事作戦だ。大衆が恐怖に駆られなければ攻撃は失敗だが、その意味では残念ながら、今回のテロは大成功といえる。

航空機事故に学ぶ再発防止法

 もっとも、この事件が露呈したのは、アルカイダの強大さではなく弱体化だ。

 9・11テロ以前の8年間に、アルカイダは複数の大陸で大規模なテロ攻撃を行っていた。アフリカの米大使館爆破テロやイエメンの米艦コール爆破事件、ニューヨークの世界貿易センタービル爆破など、アメリカの権力の象徴が次々に標的となった。

 ケニアとタンザニアの米大使館を同時に攻撃するなど高度な作戦が展開され、世界各地で訓練を受けた多様な国籍の人間が多数関与。巨額の資金が動き、数カ月、ときには何年もかけて入念に準備されていた。そして、すべてのテロ攻撃が成功した。

 一方、今回のテロは単独犯で、象徴的な標的を狙ったわけでもない。テロの手法も、8年前に米航空機内に「靴爆弾」を持ち込んで失敗したときと似通っている。

 今回の作戦は入念に練られた戦略というより、ナイジェリア人の狂信者が自爆テロを志願したため、アルカイダがそのチャンスに乗じた結果だったようにみえる。容疑者のウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブは簡易爆弾を機内に持ち込んだが、ミッションは完全に失敗。一人も殺害することなく、自爆さえできなかった。

 それでも、アメリカを不安に陥れるという真の目的を果たしたという意味では、テロは成功だった。だからこそ、アルカイダは得意げにテロの成功を吹聴しているのだ。

 パニックと無関心の中間に位置する、適度な対応策とはどんなものか。9・11テロの独立調査委員会の責任者で、後にブッシュ政権で国務省高官を務めたフィリップ・ゼリコウは、航空機事故の原因究明と同じアプローチを取るべきだと指摘する。

 航空機事故が発生すると、被害の程度に関わらず、米運輸安全委員会(NTSB)が利害関係のない専門家による調査委員会を立ち上げる。委員会は冷静かつ体系的に状況を検証し、再発防止に向けた提言をする。

「航空機の安全に関しては、われわれは問題の複雑さを知っており、現行システムの水準は高いものの、人為的、技術的、その他の要素に起因するミスが起こりうると理解している」と、ゼリコウは言う。「重要なのは欠陥を常に修復し、システムデザインとその運用に関する改善を続けることだ」

 アメリカの安全保障に小さな穴が開いたときにも、同じシステムが機能すれば、国民はどんなテロが発生しても(それが成功しても未遂に終わっても)、問題点を究明・改善するプロセスが自動的に立ち上がるという安心感をもてる。テロが起きるたびに、政治家がそれを政治的に利用するのは難しくなるかもしれない。専門知識のない政治家とメディアがスタンドプレーのために、安全保障の最前線で戦う人々をバッシングし、彼らの士気を低下させることもなくなるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価目標「着実に近づいている」と日銀総裁、賃上げ継

ビジネス

午後3時のドルは155円後半で薄商い、日銀総裁講演

ワールド

タイ11月輸出、前年比7.1%増 予想下回る

ワールド

イスラエル、兵器産業自立へ10年で1100億ドル投
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中