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『英国王のスピーチ』史実に異議あり!【前編】

The King's Speech Revisited

アカデミー賞受賞の呼び声が高い歴史大作は、英王室とチャーチルを無批判に美化する作り物だ

2011年2月24日(木)18時18分
クリストファー・ヒッチェンズ

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 映画『英国王のスピーチ』は、吃音に悩むジョージ6世(エリザベス女王の父)が、風変わりな言語療法士と二人三脚で障害を克服する、実話に基づく物語。すでに多くの映画賞に輝いており、アカデミー賞作品賞の最有力候補との呼び声も高い。
 
 だが私の評価は違う。私は1月下旬、この作品について「史実を捻じ曲げたファンタジーだ」という趣旨の辛口批評を書いた(他にも批判的な記事を書いた記者が1〜2人いた)。それ以来、プライドを傷つけられた関係者から、ご丁寧な反応が続々と寄せられている。

 ハリウッドの映画記者もこぞって私にメールや電話を寄こし、敏腕プロデューサーのハーベイ・ワインスタインが、自身の最新作にケチをつける奴は賞レースのライバル『ソーシャル・ネットワーク』の製作陣とグルになっているに違いないと触れ回っている、と教えてくれた。

 事実だとは思えないが、自分がワインスタインを怯えさせるほどの批評を書いたのだと思うと、元気が沸いてきたのは確かだ。

父王の安楽死がカットされた真意

 だが、ことはこれで終わりではなかった。映画の脚本を手掛けたデービッド・サイドラーが先日、ニュースサイト、ハフィントン・ポストの取材に応じ、私の記事を含む映画への「中傷合戦」に対して怒りに満ちた反論を展開したのだ。
 
 ワインスタイン陣営はどうやら長い間、被害妄想を育んできたようだ。彼らは、ほとんど止むことのない称賛の嵐だけでは飽き足らず、全員一致の大絶賛を受けなければ満足しない。君主制に魅了され、その安っぽい華やかさにあやかろうとするから、こんなことになるのだ。

 私の批評に関して、サイドラーは特に2つの点を問題にした。1つ目は、チャーチル英首相が次男のアルバート王子(後のジョージ6世)ではなく、長男のデービッド王子(後のエドワード8世)を支持していたことをサイドラーが知らなかったと、私が批判したことだという。

 だが、私はそんなことは書いていない。私が批判したのは、チャーチルがデービッド王子を支持していたという史実をサイドラーが意図的に省略し、あたかもアルバート王子に忠誠を誓っていたかのように強くほのめかした点だ。

 サイドラーは今になって、親ナチスのデービッド王子をチャーチルが支持するシーンが当初は存在したが、「ぱっとしなかった」ため編集段階でカットしたと語っている。それならなぜ、もっと「ぱっとする」映像を撮り直し、映画のストーリーよりはるかに興味深い真実を描かなかったのだろう。
 
 父王のジョージ5世を安楽死させるという王室医師団の決断もカットした、とサイドラーは告白している(国王死亡の発表のタイミングが超保守的な英タイムズ紙に有利に働くよう計算しながら、モルヒネとコカインの注射による安楽死が行われた)。

 こうした興味深いディテールも、ぱっとしなかったからカットされたのだろうか。それとも、安楽死の事実やチャーチルの真の姿を正確に描写してしまうと、イギリス王室とチャーチルを無批判に崇拝するという至上命題を守れなくなると考えたのだろうか。

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