コラム

トランプ対ハリスのテレビ討論は事実上、引き分け

2024年09月12日(木)13時30分

まず今回の討論では、トランプ氏は「いつもの暴言」を繰り返しました。特に今回は徹底していて「オハイオ州のスプリングフィールドにはハイチの不法移民が集結して、元から住んでいた人のペットの犬猫を食べている」とか「リベラルは妊娠9カ月でも中絶するし、子どもが生きていたらその場で処刑している」などという、事実のカケラもない、そして常識人なら耳を塞ぐような不快な発言を繰り出していました。

どうして大統領経験者がここまで悪質なデマ暴言を繰り出すのかというと、不適切ではあるものの、この人なりの戦術なのだと思います。つまり、現状へ強い不満を持ち、自分には破壊のカタルシスを期待するような極右票を「飽きさせずに投票所へ呼び込む」には、「そのぐらいやらないとダメ」だという計算があるのだと思います。トランプ劇場も、2015年から足かけ10年近くになり、「余程過激な仕掛けをしないと、エンタメとして飽きられる」という危機感があるのでしょう。


一方で、トランプ派として、勝利の方程式に乗せるにはクラシックな共和党票もしっかり確保しなくてはなりません。とりわけ今回の討論の舞台となった激戦州ペンシルベニアには、山間部などに現状不満の票がある一方で、大都市には金融関係者などの穏健右派が多数います。彼らは、自由経済を欲し、特に富裕層減税と法人減税を強く望んでいます。

そんな穏健保守派は、減税さえやってくれるのなら、過激なパフォーマンスも我慢するというのが、ここ10年のトランプに対する姿勢でした。ですが、さすがに「ウクライナがロシアに負けてもいい」「NATOは脱退だ」とか「厳しい妊娠中絶禁止を定めた全国法を施行する」などという過激な政策がチラつくと、ついていけなくなる、つまり離反する可能性があるのです。

今後も続く両者の拮抗

今回の討論で、こうした具体的な論点について全てトランプ候補は「はぐらかし」を徹底していました。そこにあるのは穏健保守をつなぎ留めるという、票読み上の作戦だったのだと思います。

そんなわけで、全く別のゲームを戦ったハリス氏とトランプ氏は、それぞれに初期の目的は達したと考えていいでしょう。その意味で言えば、今回の討論は事実上、引き分けだったと見ておくのがいいと思います。

その結果として、ここからは推測ですが、今後も現在のような情勢が続くと思います。全国世論調査では両者が拮抗し、特に決戦州と言われるペンシルベニア、ジョージア、ネバダなどでは誤差の範囲内の横並びが続くという形で、選挙戦の終盤に進む可能性が強いということです。

仮にこの情勢が一気に変わるとしたら、環境の変化が転機になるという場合です。例えば、ウクライナ情勢や中東情勢など、軍事外交面で大きな変化があるか、利下げを待てずに株式市場が暴落する、そのような大きな変化があれば、ダイレクトに選挙戦に影響するでしょう。その場合は、ハリス氏の場合は新人とはいえ、現職の副大統領ですから現政権の「結果」については功罪ともに100%責任を問われることになるでしょう。

【関連記事】
ハリスが抱える深刻なイメージギャップ「中身は中道、イメージは左派」
「セクシー発言」など問題ではない、小泉進次郎が農業改革に失敗した過去をどう評価するか

ニューズウィーク日本版 脳寿命を延ばす20の習慣
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月28日号(10月21日発売)は「脳寿命を延ばす20の習慣」特集。高齢者医療専門家・和田秀樹医師が説く、脳の健康を保ち認知症を予防する日々の行動と心がけ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権、航空便の混乱悪化を警告 政府閉鎖長期化で

ワールド

トランプ氏、サンフランシスコへの州兵派遣計画を中止

ワールド

トランプ氏、習主席と30日に韓国で会談=ホワイトハ

ワールド

ガザ地表の不発弾除去、20─30年かかる見通し=援
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story