コラム

中国のイノベーション主導型成長が始まった

2016年06月22日(水)16時42分

上海の駅構内にある支付宝(アリペイ)のカウンター Aly Song- REUTERS

<日本のメディアは中国の模倣やパクリの話が大好きだ。だが技術を使って新しい市場を作るイノベーション力では日本より中国のほうが優れている場合も多い。たとえばスマホで決済や振り込みを済ませるサービスは、既存の銀行を脅かし始めている>

 BBCで最近中国のイノベーションについての特集を放送しています。中国が、もっぱら技術導入と模倣に頼ってきたこれまでの経済発展から「イノベーション型国家」への転換を目指していることや、それに向けた企業や教育の現場での取り組みについて紹介しています。

 一方、6月初めに日本の某民放テレビ局から、「パクリ大国中国」について特集したいので電話取材に応じてくれないかというメールが届きました。中国の遊園地の片隅でディズニーの模倣製品が売られていたという、長年中国を見ている人間から見ればほとんどニュース価値のない事件がきっかけのようですが、中国の「パクリ文化」を歴史的背景から明らかにしたいとずいぶん意気込んでいます。

 BBCと比較するのがしょせん間違いだとはいえ、彼我の知的水準の差には本当にため息が出ます。日本の某民放さんは、戦後日本の高度成長期にリバース・エンジニアリングが盛んに行われたことなどもちろんご存知ないだろうし、もしかしたら我々がこうして日本語を記述している文字の由来についても知らないのかもしれません。中国のことを「パクリ文化」呼ばわりしたりしたら、文化の基礎である文字を中国から借用している日本はいったい何なんだ、と反論されるに決まっているではありませんか。

【参考記事】ドイツ発の新産業革命「インダストリー4.0」の波に乗ろうとする中国企業と、動きが鈍い日本企業

 BBCの番組では2020年までにイノベーション型国家への転換を目指すという中国の目標は野心的だと指摘していました。「イノベーション」を新技術や新製品という狭い意味でとらえた場合にはそうかもしれませんが、シュンペーターの定義した「技術と市場の新結合」というイノベーションの本来の意味に立ち返るならば、中国ではすでに2015年からイノベーション主導の経済成長が始まっていると私は思います。2015年は鉄鋼、石炭、セメント、化学など重厚長大型産業が軒並みマイナス成長に陥りましたが、そのなかでインターネット小売業の売上が33%も伸びたことに中国の構造変化が現れています。

新技術=イノベーションではない

 実際、最近中国へ行くと、ネット小売で購入された商品を宅配する業者が行き交い、さらにネットで注文された料理を運ぶバイク、以前この欄で紹介した「白タク」配車サービスの車などで街の様子が大きく変化しています。インターネットやスマホという技術がそれまで眠っていた市場を掘り起こしたのです。これこそ「イノベーション」という言葉に本来含意されていたことです。

【参考記事】安くて快適な「白タク」配車サービス

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story