コラム

日中友好「途上国への経済協力」は、現場を知らない空騒ぎ

2018年10月06日(土)14時20分

日中首脳の距離は縮まるが(9月、ロシア・ウラジオストク) REUTERS

<安倍首相訪中を前に両国で進むインフラ投資計画――日中友好の美名に隠された危ういリスクとは>

日中関係が改善の兆しを見せている。その先駆けとなった出来事は、5月に行われた中国の李克強(リー・コーチアン)首相による訪日と日中首脳会談だ。

これによって、両国政府は「第三国での日中企業による協力の可能性がある分野」について検討することで合意した。それを受け、9月末には官民合同「日中民間ビジネスの第三国展開推進に関する委員会」が開催された。

10月には安倍晋三首相の訪中も検討されている。「これで国内の反中勢力を押し切って、中国の経済圏構想『一帯一路』関係のインフラ案件をどんどん受注できる」という期待が日本で膨らんでいる。

だがかつて外交官として途上国(中央アジア)にも勤務し、インフラ建設の実情を見てきた筆者にとっては空騒ぎとしか思えない。

中央アジアを例に取ると、日本政府の円借款だけでなく、日本が最大の出資国であるアジア開発銀行(ADB)、そして世界銀行が、ソ連崩壊以来、計1兆円を超す優遇融資を提供し、鉄道、道路、発電所などの建設を助けてきた。今は中国が参入し、われ勝ちにカネを貸し付けては中国企業だけで建設を請け負っている。

日本企業が受注できない

「途上国のインフラ建設資金の需要は無限大」と言われるが、返済能力には限りがある。だからIMFや世界銀行は国ごとに貸付限度の目安を設定している。中国はいち早くその枠を満たしてしまい、他国や国際機関の融資機会を奪ってしまう。

円借款案件でさえ、日本企業が必ず落札できるわけでも、日本製品が必ず使われるわけでもない。その多くは日本企業への発注を義務付けない「アンタイド(ひもなし)」。日本製品は割高だし、発電機のような大型機器では受注したからといって、すぐに納入などといった機敏な対応はできない。

世界銀行やADBを通して日本が多額の出資をする案件でも、日本企業が受注することはまれだ。ましてや中国が融資する案件なら、在中の日中合弁企業ならともかく、日本企業が受注できる可能性は低い。

「第三国での日中経済協力」という方針は、今回が初めてではない。例えばADBは中国をアジア開発に積極的に巻き込んでいくことを念頭に、メコン川流域や中央アジアなどでの開発計画の音頭を取ってきた。しかし今、日中はばらばらに、半ば競争するかのようにインフラを建設している。「日中で力を合わせて1つのダムを造ればいいのに」と思っても、インフラ建設融資は現地の政府や銀行に日中がポンと資金を渡せば終わり、ではない。計画から建設、運営に至るまで、大型案件を手掛ける能力が現地で決定的に欠けているからだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story