コラム

国王が譲位!? 若き皇太子と揺れ動くサウジアラビア

2017年09月29日(金)12時28分

サウジアラビアの政治・安全保障・軍事・経済・エネルギー・投資といった分野すべてを掌握するムハンマド皇太子(2017年9月) Saudi Press Agency/Handout via REUTERS

<高齢のサルマーン国王がムハンマド皇太子に譲位するという噂が駆け巡った9月。他にもきな臭い報道があり、突然の「女性の運転解禁」があった。サウジでいま何が起こっているのか>

今年の夏は、サウジアラビアに関する、ある噂がサウジ人、サウジ研究者、外交官、ジャーナリストのあいだを駆け回っていた。9月にサウジのサルマーン国王が退位し、実の息子であるムハンマド皇太子(以下MbS)に譲位するという噂である。

譲位の噂はずいぶんまえから――極論すれば、サルマーンが即位した2015年1月以来ずっと――あちこちで囁かれていたのだが、今回のやつは「9月」と時期を具体的にくぎってきたため、がぜん現実味を帯びて、それでわれわれサウジ・ウォッチャーも慌てはじめたのである。

この原稿を書いているのは9月なので、まだムハンマド国王誕生の可能性はあるのだが、とりあえず噂のなかで比較的信憑性の高いと思われていた犠牲祭(9月1日ごろから4日間)に合わせての退位発表は過ぎてしまったし、イスラーム暦新年(9月21日)というきっかけも無事過ぎた。仮に本当に譲位があるとするなら、個人的に本命と考えていたのが9月23日のサウジアラビアの国祭日(ナショナル・デー)だが、これも粛々と経過してしまった。

その他、宗教的に重要なムハッラム月10日(アーシューラー)が9月末に控えているが、その日はサウジアラビアのようなスンナ派が多数派の国にとっては断食以外それほど大きな意味はないものの、歴史的に重要な事件が多数発生したときでもあるので(ノアの箱舟が上陸したとか)、可能性はないわけではない。

とはいえ、この原稿を書いている最中にも、国王が来年早々訪米するとか、10月はじめにロシアを訪問するなどの報道がサウジ側から飛び込んできた。となると、サルマーン国王のムハンマド皇太子への譲位はやはり噂にすぎなかったのだろうか。

「Mr. Everything」となった現国王の息子

そもそもサルマーン国王が即位し、異母弟ムグリンを皇太子に、甥のムハンマド・ビン・ナーイフ(以下MbN)を副皇太子に任命したとき、まだ30歳にもならなかった実の息子MbSを国防相につけたのが事の発端といえる。実はそれ以前からMbSがいずれ王位を継ぐとの説がまことしやかに語られていたのだが、当時はまだ彼も無名だったので、筆者も半信半疑であった。

しかし、国防相に就任して以降のMbSの躍進ぶりは内外メディアでも頻繁に取り上げられているので、業界ではほぼ既成事実として語られるようになっていた。国防相就任直後にはイエメンのシーア派武装勢力フーシー派を標的とする軍事攻撃を開始したが、これも彼が国王になるための箔づけだとの説が流れた。

しかし、イエメン戦争はサウジ側の意に反して泥沼化している(サウジ側は勝利は近いと主張しているが)。シリアに関してもMbS主導で対テロ・イスラーム軍事同盟が結成されたが、テロ組織イスラーム国に対する軍事作戦で中心的役割を果たせているわけではないし、サウジの支援するシリア反体制武装勢力も呉越同舟で機能していない。

他方、国内での地位については、今年6月にMbNが皇太子から解任され、MbSが代わって皇太子に任命された。これによって彼は、皇太子・国防相・経済開発問題会議議長(そしておそらく政治安全保障問題会議議長も)、さらにアラムコ最高会議議長、公的投資基金理事長などの地位を押さえ、サウジアラビアの政治・安全保障・軍事・経済・エネルギー・投資といった分野すべてを掌握することとなった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:社会の「自由化」進むイラン、水面下で反体制派

ワールド

アングル:ルーブルの盗品を追え、「ダイヤモンドの街

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円で横ばい 米指標再開とFR

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 6
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story