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焦点:独VW、前CEOが築いた「畏怖と尊敬」の企業風土

2015年10月14日(水)11時13分

 10月10日、マネジャーに対する独VWの尋常でないプレッシャーが、今回の危機を引き起こした原因の1つだとする批判的な声もある。写真は引責辞任したウィンターコルン前CEO。独ハノーバーで4月撮影(2015年 ロイター/Wolfgang Rattay/Files)

[ベルリン/ロンドン 10日 ロイター] - 排ガス不正問題で先月引責辞任した独フォルクスワーゲン(VW)のマルティン・ウィンターコルン前最高経営責任者(CEO)は、他の多くのCEO同様、失敗を好まない厳しいリーダーだった。

だが、マネジャーに対する同社の尋常でないプレッシャーが、今回の危機を引き起こした原因の1つだとする批判的な声もある。

不正を認めてから約3週間が経過したが、欧州最大の自動車メーカーである同社は、その責任者を特定するよう圧力にさらされている。

不正の要因となったのは、同社の企業文化なのか、それともウィンターコルン氏の経営スタイルなのかについて、VWはコメントを控えている。同氏の弁護団もコメントを差し控えた。

だがVWの問題が露呈し、ウィンターコルン氏が辞任した現在、一部の同社幹部は経営手法を変える必要があると明言している。

マイケル・ホーンVW米国法人社長兼CEOは米下院公聴会で、不正がVWの健全さについて何を物語っているかについて聞かれると、「われわれはプロセスを合理化しなくてはならない」と回答。

「VWは一貫性を保つためにこの機会を利用し、よく学ばなければならない。全世界の従業員60万人はこれまでとは異なる方法で管理される必要がある。これは非常に明白だ」と語った。

VW監査役会メンバーで、労働者組織の代表を務めるベルント・オスターロー氏はさらに明快に述べている。不正発覚から約1週間後の9月24日、同氏は従業員宛ての書簡で以下のように語っている。

「われわれは将来、問題が隠ぺいされることなく、上層部と率直に話し合いのできる企業風土が必要だ」

ロイターが取材した5人の元VW幹部と業界に詳しい専門家らは、ウィンターコルン氏の経営スタイルが、恐怖に支配された環境、そしてドイツ自動車業界に特有な企業構造もあいまって野放し状態の独裁体制をつくり上げたと口をそろえる。

「フォルクスワーゲンの文化と組織的構造は特殊で、ダイムラーやBMWと比較できない。VWから聞こえてくるのは、同社には特別なプレッシャーがあるということだ」と、デュースブルク・エッセン大学自動車研究センターのフェルディナント・ドゥーデンヘッファー所長は指摘する。

辞任した際に不正を認識していなかったと語ったウィンターコルン氏の弁護団は、これについてコメントしなかった。

<機能しなかった監査役会>

すべてのドイツ企業には2つの役員会がある。1つはCEOが率い、日々の業務を運営する取締役会。もう1つはその上にあり、CEOが報告する監査役会だ。監査役会は取締役会メンバーを任命したり解任したりすることができ、主要な戦略的決断には監査役会の署名が必要となる。

ドゥーデンヘッファー氏によれば、このシステムはVWでうまく機能していなかったという。「ダイムラーやBMWの監査役会は、CEOをコントロールできているが、VWではそうはいかなかった」と同氏は指摘した。

VWの監査役会は20席あるが、法律的な要件を満たすため、労働者側と株主側にそれぞれ平等に9席ずつ割り当てられている。

だがVWは、他のドイツ自動車メーカーとある点で異なっている。つまり、同社が拠点とする独ニーダーザクセン州に監査役会の2席が与えられている。一方、メルセデス・ベンツを製造するダイムラーやBMWは、自社の監査役会に政治家は含まれていない。

ニーダーザクセン州と労働者側の代表者は目標を共有していると、業界に詳しい専門家たちは指摘する。その目標とは、同州最大の雇用主の1つであるVWの雇用を守ることだ。結果として、雇用さえ守られるのであれば、CEOには比較的自由な裁量が与えられる。

VWではコーポレートガバナンスが向上していなかったと、ドイツ銀行アセット・ウェルスマネジメント部門のヘニング・ゲブハルト氏は指摘する。

労働当局者とVW監査役会のニーダーザクセン州代表者は、この件についてコメントしなかった。

<たたき上げ>

一方、ウィンターコルン氏を支持する人もいる。VW米国法人のマーク・トラハン元上級副社長は、ウィンターコルン氏とエンジニア幹部の一部が不正を容認したとは考えられないとし、「個人的にウィンターコルン博士を知っている。エンジニアたちのことも知っている。米国の法律を犯していると知っていたなら、彼らが許すわけがない」と語った。

VWのデザイン責任者であるクラウス・ビショフ氏も、ウィンターコルン氏が不正を知っていた、もしくは容認していたと考えるのは想像しがたいとし、「彼は車の物理に精通した筋金入りのエンジニアで、ソフトウエアに関しては縁遠い」と指摘した。

ウィンターコルン氏は、第2次世界大戦後にハンガリーからドイツに逃れてきたドイツ系移民の子として1947年に誕生。冶金学を学んだ後、独自動車部品大手ボッシュで出世街道を歩み、その後VWへ。2007年にCEOに就任してまもなく、同氏はVWを世界最大の自動車メーカーにするとの決意を抱く。それは当時、世界最大の自動車市場である米国でのシェア拡大を意味していた。同国での販売は何年も不振に陥っていた。

その後、VWの年間世界販売台数は1000万台にまでほぼ倍増し、売上高も2000億ユーロ(約27兆2300億円)に上った。今年の上半期には販売台数で日本のトヨタ自動車<7203.T>をわずかに上回り、世界トップの座を獲得した。

目標販売台数を達成しなければならないというプレッシャーはすさまじかったと、販売担当の元幹部は語る。「それが嫌なら、自分から辞めるか、成績不振で首になるかのどちらかだった」

また、別の元幹部は独裁的な経営スタイルについて語り、どのように各ブランドのCEOが「かなり失礼に」扱われるか説明した。現在は別の世界的メーカーに勤務するというこの人物は、こうしたことは業界で当たり前のことではないと語った。

犠牲者の1人は、2013年にVWを去ったジョナサン・ブラウニング前米国法人CEOだろう。当時、VWの関係筋はロイターに対し、ブラウニング氏は野心的な販売目標を達成できずに解雇されたと話した。

ブラウニング氏の在任期間中、パサートモデルの改良失敗から、ペイントのようなささいに思われる事柄までさまざまな問題をめぐり、米国法人の経営についてウィンターコルン氏は非難していた。

2013年7月に米国で行われた試験走行で、ウィンターコルン氏はビートルモデルの塗装面にわずかなへこみを見つけた。あるVW関係筋は匿名を条件に、塗装の厚みは社内基準から1ミリメートルも上回っていなかったが、それでも同氏はエンジニアたちにその無駄について説教していたという。

ウィンターコルン氏は同じ米国出張で、他社のモデルが使用して人気を得ていた赤色をVWが提供していないことに不満をあらわにした。同氏はブラウニング氏が去った翌年、この件について次のように述べた。「彼らは私のところに乗り込んで、『ウィンターコルンさん、私たちはパサートを改良しなければならない』と言うべきだった」

しかし、同氏のこうしたやり方に立ち向かうことができた幹部はほとんどいなかったと、VWグループの複数の元マネジャーは明かした。

<距離と畏怖と尊敬の念>

元幹部はロイターに対し、「常に距離と畏怖と尊敬の念があった。彼(ウィンターコルン氏)に会うときは心臓がどきどきした」とし、具体例は挙げなかったものの、「悪い知らせを伝えるなら、大声でなじられ、かなり屈辱的で不快な時間となった」と話した。

ウィンターコルン氏は公の場でさえ、かなり上層のスタッフにあれこれ指図していた。4年前のフランクフルト自動車ショーで撮影されたビデオには、同氏のやり方を垣間見ることができる。ユーチューブに投稿された同ビデオの中で、ダークスーツ姿のマネジャーたちに囲まれた同氏は、韓国メーカー、現代自動車の新モデルを念入りにチェックしている。

同氏は車の周りを歩きながら、後部ドアのロック機構を調べ、運転席に乗り込んだ。そして順番に内装品とハンドルを調整すると、何か不愉快なことを見つけた。VWやBMWのモデルとは異なり、この車は音を立てなかった。

「ビショフ」と自社のデザイン責任者を、敬称もつけずに名字で呼びつけると、「何も音がしないぞ」とハンドルを指し示し、不機嫌そうに語った。

ウィンターコルン氏と一緒に働いた経験について、ビショフ氏はロイターに次のように述べた。

「ウィンターコルン氏はいつも最善策を求め、最高のゴールへと従業員を駆り立てていた。だが、彼のことを、非情で威圧的なリーダーだと表現するのは間違いだろう。確かに、物事が間違った方向にいったときはひどく怒ったし、自身の気の短さはどうにもならなかったようだ。それでも、人の痛みが分かる極めて人間的な一面にも私は触れてきた」

(原文:Andreas Cremer、Tom Bergin 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

*本文中の誤字を修正して再送します。

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