コラム

遠藤誉から、大陸へのメッセージ

2016年10月04日(火)13時41分

――毛沢東に対する疑問にちゃんと向き合ったのは、この本を書いたときが初めてだったのか。それまでは、自分の中の疑問にあまり触れないようにしてきたのか

『チャーズ』を書いたときには、思い切り疑問をぶつけた。「おかしいじゃないか」という気持ちをぶつけた。だが「毛沢東が日本軍と共謀することさえした」と知るにおよんで、おかしいじゃないか、とも思わなくなった。この人ならこのくらいのことはやるだろうな、と。それでもう、私の人生返せ、というような気持ちがなくなった。二段階を経て今ようやく、自分の人生を克服したような気分だ。

 人生は分からないものだ。向き合うのが嫌だという気持ちや、こんな整合性が取れないことについて、書けないだろうという気持ちもあった。自分が小さいころに目の前で弟が餓死する、兄が餓死するというのを見てきて、餓死体がたくさんある上で野宿して記憶喪失になって、という経験をしたので、心の中に心的な障害があった。毛沢東に対する「なぜだ」というこだわりがずっとありながら、中国国歌がテレビから流れると家の中でもすっと立ち上がって直立不動で聞いたりしていた。しばらく前まではそうだったのだが、そういうことからも今はすべて解放されたし、精神的な束縛から全部解放された。中国の真相を知ろうとしてはいけないのではないかという罪悪感を持たないようになって、ようやくすべてから解放された。

――真実と向き合ってはいけないのではないか、という罪悪感とは、向き合ってそこを否定してしまうと自分が生きてきた道を否定することになるからか。周りに対する罪悪感ではなく、自分が信じてきたものを裏切ってはいけないという、自分に対する罪悪感か

 確かに、裏切ってはいけないという自分に対する罪悪感だ。ああいう風に洗脳されて育った人間というのは、全員がその葛藤を持っていると思う。良心的に誠実に生きてきた人は、それを乗り越えるのに大変な努力が必要になる。

――では今、毛沢東を一言で表現すると

 凄まじい戦術家。そういう風にしか思わない。大悪人とか、そういうような主観はゼロだ。いいとか悪いとかそういうことではなく、凄まじい戦略家だったのだと。この大地を統治するにはこれくらいのものがないと出来ないのだ、と。それにしてもここまで殺した人はいないが、そこまでしてでも帝王でいたかったのだろう。彼にあるのは帝王学だけだった。

 私自身、こういうプロセスを経ないと、自分の人生の束縛から抜け出すことが出来なかったのだと思う。毛沢東を徹底的に分析して、書くことによってはじめて、ようやくすべての謎が解けた。すべてに整合性が見えた。矛盾が解けた。そういう状況になったので、納得して、解脱した。物理学的な思考回路をもった自分と、小さいころからの経験をもった人間的な自分と、そのトータルにおいて、ここにピリオドを打つことができたという気持ちだ。

遠藤誉のニュース記事一覧はこちら

プロフィール

遠藤誉

中国共産党の虚構を暴く近著『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)がアメリカで認められ、ワシントンDCのナショナル・プレス・クラブに招聘され講演を行う。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story