ニュース速報

ワールド

焦点:EV向け資源開発に自然破壊の懸念、温暖化対策の足かせにも

2021年03月05日(金)13時12分

 米ネバダ州北部の乾燥した丘陵地帯で2020年9月、ここにしか群生しないタデ科ソバ属の花で、地元植物科学者の名にちなんだ「ティエムのソバ」として知られる貴重な植物の一群が、一夜にして謎の枯死を遂げているのが見つかった。写真は、ネバダ・コッパーが所有する同州ヤーリントンの銅採掘場。2019年1月撮影(2021年 ロイター/Bob Strong)

[1日 ロイター] - 米ネバダ州北部の乾燥した丘陵地帯で昨年9月、ここにしか群生しないタデ科ソバ属の花で、地元植物科学者の名にちなんだ「ティエムのソバ」として知られる貴重な植物の一群が、一夜にして謎の枯死を遂げているのが見つかった。

幾つかの環境保護団体が早速「犯人」として疑ったのは、花の下に存在し、電気自動車(EV)のバッテリーに使われるリチウムの鉱床の採掘を望んでいるオーストラリア企業イオニア(ioneer)だ。団体の1つは、ティエムのソバが「掘り返され(植生が)破壊された」と主張して訴訟を起こすに至った。

イオニアにとって、この花は頭痛の種になっている。米当局が近く絶滅危惧種リストに加える可能性があり、そうなれば鉱山開発計画を断念する事態に追い込まれかねないからだ。同社は花を傷つけたことを否定しており、なぜ花が枯れたのかの論争は続いている。このリチウム鉱山の命運についてもだ。

<環境保護か、グリーンエネルギーか>

この問題は、環境保護とグリーンエネルギー開発のどちらを優先するべきかを巡ってバイデン米政権が抱える、より大きな政治的議論の縮図とも言える。

バイデン大統領はこれまで、環境保護団体と、労働者団体など鉱山開発で潤う層の双方に気前良く大きな約束をしてきた。環境保護派を喜ばせるために、環境保全対象とする連邦政府の土地と沿岸海域を少なくとも全体の30%と、現在の3倍に引き上げると表明した。

ところがこうした政策は、レアアース(希土類)やリチウムなどEVに必要な鉱物資源での中国依存を減らしながら自動車電動化を推進するという同氏の公約と、矛盾する恐れが出てくる。同政権は中国への供給依存は国家安全保障上を脅かすとも表明している。

フロリダ州に拠点を置くレアアース磁石企業アドバンスト・マグネットのマーク・センティ最高経営責任者(CEO)は「鉱山開発なしにグリーンエネルギーは確保できない。それが正真正銘の現実だ」と述べた。レアアース磁石はEVやさまざまな消費者家電だけでなく、精密誘導兵器などにも利用される資源だ。

ホワイトハウスの国内鉱山政策に詳しい2人の関係者はロイターに、バイデン氏がEV関連金属を生産する鉱山については既存の環境基準で開発するのを認める意向だと説明した。石炭などその他の鉱物資源に適用する厳しい規制の対象から外すということだ。

ただ、同関係者の話では、バイデン氏は連邦政府用地での鉱山開発拡大を認めることに前向きだが、業界に白紙小切手を渡すつもりはない。レアアースやリチウムの鉱山は認める可能性が高いが、特定の銅鉱山プロジェクトなどは厳しく精査する可能性が高いという。こうしたプロジェクトの中には、英豪系資源大手リオ・ティントが提案し、地元の先住民が聖地だとして反対しているアリゾナ州の銅鉱山がある。

<供給拡大の見通しにハードル>

現在は米テスラ、ドイツのBMW、米ゼネラル・モーターズ(GM)など主要自動車メーカーは相次ぎEV生産の大規模な拡大を計画している。このためEVバッテリーに使われる金属の需要は急増する見通し。また全米50州で最大の自動車市場を抱えるカリフォルニア州は、2035年までに化石燃料車の販売を禁止することを目指している。

バイデン政権も、政府公用車約64万台を全て電動化すると約束。ベンチマーク・ミネラルズ・インテリジェンスの試算によると、この計画を実現するだけでも、30年までに米国のリチウム生産を12倍にする必要が出てくる可能性がある。もちろん銅、ニッケル、コバルトの増産も不可欠になる。米地質調査所(USGS)によると、連邦政府用地にはEV関連金属の鉱床が豊富にあるという。

レアメタルの1つ、タングステンをポルトガルと韓国で採掘しているカナダのアルモンティ・インダストリーズのルイス・ブラックCEOは「何百万台ものガソリン車をEVに切り替える作業を始める上で、現在生産されている鉱物資源は十分な量というには程遠い」と指摘した。

こうした供給不足状態にもかかわらず、リオ・ティントや同じ英豪系資源大手BHP、英鉱業アントファガスタ、スイスの資源大手グレンコアなどが打ち出した開発プロジェクトは、いずれも環境団体からの猛反対に直面している。こうしたプロジェクトが軌道に乗れば、年間ベースで500万個以上のEVバッテリーに使えるリチウムと1万台以上のEVに利用できる銅が供給されると計算されている。

鉱山会社は、電動化加速に不可欠な鉱物資源の米国生産は増えているとはいえ、連邦政府用地の利用にはなお縛りがかかる可能性があると訴える。

その上、環境団体側は自動車メーカーに対し、非営利組織イニシアティブ・フォー・レスポンシブル・マイニング・アシュアランス(IRMA)によって環境に優しいと認定された鉱山のみからの金属購入を強く働き掛けている。BMWと米フォード・モーター、ドイツのダイムラーは既にIRMAの指針に従うことに合意しており、他のメーカーが追随してもおかしくない。

<賛否分かれる2つの銅鉱山>

ミネソタ州バウンダリー・ウォーターズ地域でポリーメット・マイニングとアントファガスタ子会社が提案し、環境悪化懸念を巻き起こしている2つの銅鉱山開発プロジェクトについて、バイデン氏はまだ態度を明らかにしていない。

バウンダリー・ウォーターズ地域の監督権限を持つビルサック農務長官は以前、野生動植物と湿地帯への脅威があるとして、プロジェクトに反対の立場を示した。内務長官に就任したデブ・ハーランド氏もかつて、ミネソタ州北部の硫化銅鉱山の開発を禁止する法案に賛成していた。この法案は同州選出の民主党下院議員が今月再提出する見込みだ。同議員の側近がロイターに提出意向を明らかにしている。

それにもかかわらず環境団体は、EVや他の再生エネルギー製品にとって銅は重要だという主張によって、最終的には鉱山開発が認められてしまうのではないかとの不安を払しょくできない様子だ。フレンズ・オブ・ザ・バウンダリー・ウォーターズのピート・マーシャル氏は「これらが石炭鉱山なら、承認は絶対ないともっと安心していられただろう」と説明する。

<「ティエムのソバ」は絶滅危惧種か>

ネバダ州の野生生物保護当局は、イオニアとリチウム・アメリカズが計画するリチウム鉱山開発が、マスやシカやレイヨウなどの生息地に悪影響を及ぼすと懸念している。リチウム・アメリカズは2月に連邦政府から開発承認を取り付けたが、農場経営者らも政府に承認撤回を求める訴訟を起こしている。

リチウム・アメリカズの鉱山に反対しているウェスタン・ウォーターシェッド・プロジェクトのケリー・フラー氏は「再生可能エネルギーとEVが、動植物の大事な生息地を破壊し駆逐してしまうなら、もはやグリーンな存在ではなくなる」と訴える。

約1万7000本が咲いていたティエムのソバが、なぜ枯れたのかを巡る問題も論争の的になり続けている。内務省傘下の魚類野生生物局は仮説として、干ばつの時期だったため、喉の渇いたリスが根をかじったからかもしれないと分析。しかしセンター・フォー・バイオロジカル・ダイバーシティーは裁判所提出書類で、動物の足跡やふんなどが見当たらない点から、人間の仕業だと反論している。

魚類野生生物局はこの夏、ティエムのソバを絶滅危惧種に指定するかどうか判断する予定だ。指定されればイオニアはリチウム採掘を目指している場所の大部分で開発ができなくなる。

イオニアは独自に科学者を雇い、ティエムのソバを別の場所に移植する作業を試みている。同社のジェームズ・キャラウェイ会長は「そうすればわれわれはリチウムを採掘できるし、この花も救える」と断言する。ただ移植が成功するかは誰にも分からない。

ロイター
Copyright (C) 2021 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

ニュース速報

ビジネス

米ブラックストーン、第1四半期は大幅増益 資産売却

ワールド

米上院、アジア系への憎悪犯罪対策法案を超党派で可決

ワールド

アングル:3度目の緊急事態宣言へ、4─6月期マイナ

ビジネス

インテル、第2四半期利益見通しが市場予想下回る 株

MAGAZINE

特集:歴史に学ぶ 感染症の終わり方

2021年4月27日号(4/20発売)

ペストやスペイン風邪など人類が過去に直面した疫病はどのような経過を経て収束したのか

人気ランキング

  • 1

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと思ってた」母親らが会見で涙

  • 2

    大谷翔平は既にメジャー100年の歴史を覆し、アメリカの「頭の固い」ファンを黙らせた

  • 3

    中国ワクチン、有効率わずか50% 南米に動揺と失望が広がる

  • 4

    南シナ海で中国の空母の演習を「監視」する米海軍艦…

  • 5

    インドネシア海軍潜水艦、潜行中に消息不明に ドイ…

  • 6

    日米首脳会談で起きた3つのサプライズ

  • 7

    テスラ、中国の消費者に謝罪 モーターショー「ブー…

  • 8

    時価総額はついに1兆ドル! ビットコインのすさまじ…

  • 9

    今後、日本語は長くてくどくなる──コミュニケーショ…

  • 10

    「米軍は中国軍より弱い」とアメリカが主張する狙い…

  • 1

    「お金が貯まらない家庭の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は置かない『あるもの』とは

  • 2

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと思ってた」母親らが会見で涙

  • 3

    ビットコインバブルは2021年ほぼ間違いなく崩壊する

  • 4

    脳の2割を失い女王に昇格 インドクワガタアリの驚く…

  • 5

    謎の未確認航空現象をとらえた動画が流出し、国防総…

  • 6

    大谷翔平は既にメジャー100年の歴史を覆し、アメリカ…

  • 7

    女子中学生がバスの扉に足を挟まれ、30秒間も道路を…

  • 8

    世界の銃の半分を所有するアメリカ人、お気に入りの…

  • 9

    史上初、ヒトとサルのハイブリッドの初期胚を培養 …

  • 10

    原発処理水の海洋放出「トリチウム水だから安全」の…

  • 1

    「お金が貯まらない家庭の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は置かない『あるもの』とは

  • 2

    太平洋上空の雲で史上最低気温、マイナス111度が観測される

  • 3

    観測されない「何か」が、太陽系に最も近いヒアデス星団を破壊した

  • 4

    「夜中に甘いものが食べたい!」 欲望に駆られたとき…

  • 5

    孤独を好み、孤独に強い......日本人は「孤独耐性」…

  • 6

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと…

  • 7

    ブッダの言葉に学ぶ「攻撃的にディスってくる相手」…

  • 8

    カミカゼ・ドローンで戦況は一変 米軍「最強」の座…

  • 9

    硬貨大のブラックホールが地球を破壊する

  • 10

    ビットコインバブルは2021年ほぼ間違いなく崩壊する

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中