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アングル:中国の自動車労働者襲う賃下げ、需要減と値下げの悪循環

2023年09月10日(日)08時08分

 9月5日、中国では電気自動車(EV)の価格競争によって自動車メーカーはぎりぎりのコスト削減を迫られ、何百万人もの自動車労働者やサプライヤーにそのしわ寄せが及んでいる。上海で2019年撮影(2023年 ロイター/Aly Song)

Zhang Yan Brenda Goh

[上海 5日 ロイター] - 上海を蒸し暑い熱波が襲った今年6月、マイク・チェンさん(32)が働く自動車工場は生産を夜勤に切り替え、エアコンを弱くした。

汗びっしょりの制服を着て早朝まで働くチェンさん。今年はボーナスと残業代を削られ月間の給与が2016年の入社時の3分の1程度にまで減っているが、さらに平手打ちを見舞われた格好だ。

中国の国有自動車大手、上海汽車集団(SAICモーター)と独フォルクスワーゲン(VW)の合弁会社で働くチェンさんのような例は珍しくない。中国では電気自動車(EV)の価格競争によって自動車メーカーはぎりぎりのコスト削減を迫られ、何百万人もの自動車労働者やサプライヤーにそのしわ寄せが及んでいる。

「かつてSAIC─VWは最高の雇用主で、ここで働けることを光栄に思っていた。今はただ、怒りと悲しみを感じている」とチェンさんは語る。

米EV大手テスラが引き起こした価格競争は、40以上のブランドを巻き込み、旧型モデルから需要をシフトさせた。一部の自動車メーカーはEVと内燃エンジン車の生産をともに抑制するか、工場を完全に閉鎖せざるを得なくなった。

ロイターが自動車メーカーや部品サプライヤーの幹部10人と工場労働者7人に行ったインタビューによると、コスト削減は部品から電気代、賃金まであらゆる面に及び、それが他の経済分野での支出も圧迫している。

チェンさんが働く工場についてVWに質問すると、合弁会社の給与は労働時間とボーナスによって異なると答えた。VWは、夜間生産は電力網への負担を軽減すると説明。また、健康的で良好な労働条件が最優先事項だとした。SAICは質問に回答しなかった。

エコノミストらは、中国の自動車産業は価格競争のあおりで経済成長の足を引っ張る可能性さえあると警告している。世界最大規模を誇る中国自動車産業の暗転だ。

問題は、多額の国家補助金によって生産能力へのばく大な投資が行われている一方で、国内の自動車需要は停滞し、家計所得が圧迫され続けていることだ、とエコノミストは指摘する。

今年1─7月に中国国内で販売された自動車は1140万台、輸出は200万台だった。輸出が81%急増した半面、広範な値下げにもかかわらず国内販売は1.7%増にとどまり、その成長はほぼ海外からもたらされた。

オックスフォード大学中国センターの調査アソシエイト、ジョージ・マグナス氏は「生産と供給の重心が偏っている。中国は二足歩行を学ばなければならない」と語った。

<古き良き時代>

テスラは昨年10月に最初の値下げに踏み切り、今年1月に再値下げを行ったが、中国の工場は当時既にフル稼働とはほど遠い状態だった。テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は先月、さらなる値下げを発表した。

中国乗用車協会(CPCA)のデータによると、内燃機関車を生産する工場を含め、中国は昨年末時点で年間4300万台の生産能力を有しているが、工場の稼働率は54.5%と2017年の66.6%から低下している。

中国国営メディアによると、自動車産業で働く人は推定3000万人に上る。足元で中国は、過去最低に近い消費者心理を引き上げようと必死だが、自動車およびそのサプライヤー企業による給与削減と解雇が、生活水準を直撃している。

中国では給与カットは違法だが、給与体系が複雑なため抜け穴がある。例えば、SAIC─VWは、チェンさんの基本給には手を付けず、労働時間を短縮してボーナスをカットすることで手取りを減らすことができた。

自動車労働者のリュウさん(35)は給与の低さを不満として勤めていた工場を7月に辞めた。すぐに別の仕事が見つかると思っていたが、市場は暗転。「古き良き時代は去った」と語る。

三菱自動車やトヨタ自動車などいくつかのメーカーは、販売が落ち込んだために中国で数千人を解雇した。テスラやバッテリーの寧徳時代新能源科技(CATL)<300750.SZは、事業拡張を先送りしたのに伴い、採用スピードを落としている。韓国の現代自動車と中国の提携企業は重慶の工場を売却しようとしている。

<混乱を切り抜けろ>

自動車部品のサプライヤーにとっても環境は厳しい。自動車価格の下落は続き、6月のEVとハイブリッド車の加重平均取引価格は1月に比べ15%低下して18万5100元となった。

国営の中国汽車報の推計では、中国には10万社を超える自動車部品メーカーがある。自動車部品取引プラットフォームのガスグーが3月に約2000社を対象に行った調査では、74%が自動車メーカーからコスト削減を求められたことがあると回答した。

サプライヤーは通常、年に1回価格交渉を行うが、今年は四半期ごとに値下げを迫られるケースが多いと、サプライヤーの幹部2人が述べた。

この問題を直接知る人物によると、テスラは値下げ開始前に直接サプライヤーに電子メールを送り、今年10%のコスト削減を行うよう促した。

独自動車部品大手ロバート・ボッシュの中国事業を統括するチェン・ユドン氏は3月、最大顧客企業のひとつを訪問した際、みじん切り包丁という一風変わったプレゼントを渡されたという。「さや」には「決然として混乱を切り抜けろ」というメッセージが刻まれていた。

3カ月後、ユドン氏はロイターに、今年の価格カットは過去数年よりも激しいとし「彼ら(顧客企業)は夜も寝かせてくれない」とこぼした。

ロイター
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